日々の記録

アニメと読書の感想をメインにしたブログです。 ☆ゆるゆるっと更新中です☆


ふたつの人生 (ウィリアム・トレヴァー・コレクション)ウィリアム・トレヴァーの「ふたつの人生」を読み終えました。この本には、2人の女性を主人公とした物語が収録されています。

一作目は「ツルゲーネフを読む声」という作品です。これはメアリー・ルイーズという女性の、痛ましい半生が描かれて作品です。物語は、現在と過去が交互に語られていきます。最初はそのつながりがはっきり見えませんが、カメラのピントが合うように、次第にそれがメアリー・ルイーズの異なる時間を描いていることがわかってきます。

貧しい農家の次女として生まれたメアリー・ルイーズは、街に出て働くことを夢見ていました。しかし、彼女にそのチャンスは訪れません。ところが、ある日彼女は、街の有力な服地商人であるエルマーという中年男性に見初められます。最初はそれに戸惑いながらも、彼女は最終的にエルマーとの結婚を承諾します。

しかし2人の結婚生活は、うまくいきませんでした。エルマーは、彼女と性交渉することもなく、次第にお酒に溺れていきます。また、エルマーの2人の姉、マティルダとローズは、元々この結婚に反対だったこともあり、何かにつけてメアリー・ルイーズを非難します。

そんな中、彼女の救いとなったのは、幼い頃に恋心を抱いたこともあるいとこのロバートでした。彼は病弱で、学校に通い続けることもできませんでしたが、本を読むことで自らの世界を広げていました。

ある日、ロバートの元を訪れた彼女は、彼も幼い時から彼女を好きだったことを知りました。2人がようやくお互いの気持ちを知った夜、ロバートは心臓発作で亡くなってしまいました。

それを契機に、メアリー・ルイーズの言動もおかしくなっていきます。そして彼女は、ロバートの遺品を手に、精神病患者を収容する施設で暮らすことになったのです。

やがて時は流れ、精神病の患者も出来る限り自宅で暮らすべきという時代が訪れます。
その頃には、商人としては没落していたエルマーでしたが、彼女を引き取ることに同意します。でもその時には既に、彼女の心はロバートが読んでくれたツルゲーネフの小説を通して、ロバートの心と結びついていたのでした。

訳者の解説を読むと、この作品のバックグラウンドとして、それまでアイルランドの支配階級だったプロテスタントが衰退して、カトリックが力を増していく時代背景が重ね合わされているそうです。
しかし、個人的には、そういったバックグラウンド抜きでも十分に楽しめる、読みごたえのある作品だと思いました。

二作目の「ウンブリアのわたしの家」は、ミセス・デラハンティが巻き込まれた列車爆発事件をきっかけに、その犠牲者たちの間に不思議なつながりが生まれる様子が描かれた作品です。

今ではロマンス小説家として知られるミセス・デラハンティですが、その生い立ちは恵まれたものではありませんでした。旅芸人の両親は、生まれたばかりの彼女を、子供を欲しがっていた人に売り渡してしまいました。成長したミセス・デラハンティはその事実を知ります。その後も波瀾万丈な前半生を送ったミセス・デラハンティですが、今ではイタリアのウンブリア地方の屋敷を買い取り、近所のホテルに空きがない時に観光客を宿泊させたりして暮らしています。

そんなミセス・デラハンティは、列車で買い物に出かけた時に爆発事件の被害者になってしまいました。同じ客車に乗っていた乗客も数多く亡くなりましたが、奇跡的に生き延びた者がミセス・デラハンティの他にも3人いました。

1人は、イギリス人の元将軍で、娘とその婿と一緒に旅をしていました。ドイツ人の青年は、恋人と一緒に旅をしていました。アメリカ人の女の子は、家族と一緒に旅をしていて彼女だけが生き残りました。

爆発事件の真相は不明のまま、時が流れていきます。そんな中、ある程度ケガが回復したミセス・デラハンティは、生き延びた人たちを自分の屋敷に招いて、そこで一緒に暮らすことを思いつきました。こうして、爆発事件の犠牲者というつながりのある人たちが、彼女の屋敷で生活することになりました。

彼女たちの生活は、次第に落ち着いたものになっていきます。ところが、アメリカ人の女の子・エイミーの伯父が、彼女を引き取るためにアメリカからやって来ました。ミセス・デラハンティは、エイミーは自分たちと一緒に暮らし続ける方が、心穏やかに暮らせると考えます。エイミーの母とその兄である伯父は、伯父の再婚をきっかけに絶縁状態でした。それもあって、ミセス・デラハンティはエイミーを手元に残すことを希望しますが、その希望はかないませんでした。

この作品も、「ツルゲーネフを読む声」と同じく単純に物語が語られるわけではありません。ミセス・デラハンティの過去や小説の中の出来事、彼女が直感的に見抜いたことが物語の中に複雑に織り込まれています。物語はミセス・デラハンティの視点からしか語られないので、彼女が見抜いたと信じたことを事実なのか、それとも彼女の妄想にすぎないのか。それは最後までわかりません。

というわけで、どちらも一筋縄ではいかない作品ですが、不思議と読み始めると引き込まれてしまいました。どちらの物語も、登場人物の1人1人に存在感があるのも魅力的でしたし、人生の苦さと深みが感じられました。
スイスのロビンソン (上) (岩波文庫)アニメ「ふしぎな島のフローネ」の原作、「スイスのロビンソン(上)」を読み終えました。

「ふしぎな島のフローネ」の原作ですが、原作にはフローネは登場せず、ロビンソン一家は男兄弟ばかりです。(^^;
兄弟は、上からフリッツ、エルンスト、ジャック、フランツです。エルンストはアニメだと、お父さんの名前になってるようですね。一番年下のフランツは、アニメには登場しません。一番上のフリッツと名前が似ていて紛らわしいから削られたのかな!?(実際、本を読んでいる時に2人の名前が出てくると一瞬どっちだっけ!?と思いましたし^^;)

オーストラリアに向かって航海していた船が難破して、ロビンソン一家だけが船に取り残されてしまいました。船が座礁した側にある島で、ロビンソン一家は暮らしていくことになりました。普通なら、かなりサバイバルな状況になりますが、この作品ではロビンソン一家にとって都合のいい環境が整っています。

座礁した船にあった大量の日用品や武器、火薬などが利用できた上に、上陸した島にはジャガイモはあるわ、椰子の木はあるわ、ゴムの木、大量の岩塩など、生活に必要になりそうなものがそろっています。船に積まれていた鶏や豚、ロバなどの他に、忠実な犬たち、そして猿や鷲など次々と一家の仲間が増えていきます。

ロビンソン一家は家族で協力して、島での生活を快適に過ごすために働き知恵をしぼります。物語のメインは、その様子が克明に描かれていくことです。この本を読んでいるだけで、南の島での暮らしを垣間見ているような気がして、とても楽しむことができます。(^^)

ただ1つ気になるのは、本文に旧字体が多用されていることです。現在の漢字と似ている字は、すぐに読むことができますが、「昼」が「晝」だったり読んでいて戸惑う字も多かったです。作品の内容的が子供も楽しめるものだけに、旧字体ではなく、現在の漢字を使って再刊して欲しかったところです。

とはいえ、わkらない旧字体を漢和辞典で調べながら読み進めるのも、暗号を解読して宝探しをしているようで楽しかったですが。(^^;
戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)神林長平さんの「戦闘妖精・雪風(改)」を再読しました。

この作品、これで3〜4回は再読しているのですが、その度にいろいろと発見があって引き込まれます。(^^)
最初に作品が発表されたのが、1984年。その後で内容を修正した(改)が出たのが、2002年。それでも10年以上前の作品なのに、全く古さを感じさせないのが凄いです!

今回とくに注目したのが、ジャムとの戦いのための兵器開発を、コンピュータがシミュレーションしながら行っているというところでした。最近テレビなどでも、AIや機械学習のことが話題になりますが、この作品はそれをはるかに先駆けて描いていたんだなあと感激しました。

激しくなるジャムとの戦いの中、次第に戦いに人間は不要であり、パイロットとして人間が搭乗することが、機体が持つ本来の性能を制限される状況が生まれてきます。コンピュータが極限まで進化した時、人間に必要とされる役割は何なのだろうと考えさせられました。
神の時空 前紀 ―女神の功罪― (講談社ノベルス)高田崇史さんの神の時空シリーズ、「神の時空 前紀 -女神の功罪-」を読み終えました。

この本では、先に完結した神の時空シリーズで詳細が語られなかった、潮田教授が主催したバスツアー事故へとつながるエピソードが語られました。物語の中心となるのは、高村皇に仕える磯笛と、潮田教授のもとで助手をしている永田遼子です。

ある日、高村皇に呼び出された磯笛は、とある使命を受けました。それは学会でも異端児として知られる、潮田教授に関するものでした。理由は磯笛には明かされませんでしたが、高村皇は教授のことを疎ましく思っていたのです。

潮田教授は、國學院大學に研究室を持っていました。永田遼子は、そこで働く助手の1人でした。ある日、遼子が研究室に顔を出すと、たいへんな事件が起きていました。彼女が所属する研究室の同僚である、広田が獣に襲われて殺されたというのです。

そんな中、遼子は潮田教授宛に届いた手紙の中に、神功皇后に手を出すなという脅迫状があったことを思い出しました。そして遼子はまだ恋人未満の加藤範夫と共に、神功皇后について調査を開始したのでした。そんな2人に、女子高生の姿をした磯笛が近づきます。

そして第2の事件が起きました。遼子と同じく、潮田教授のところで助手をしていた藤本由起子が、広田と同じように獣にのど笛を食い破られて殺害されたのです。同じ研究室の助手が、立て続けに獣に殺害される確率の低さを考えて、遼子は事件の裏に何かがあると考えるのでした。

神功皇后の調査を進めていた遼子と範夫は、ある日これまでのシリーズにも登場した猫柳珈琲店へとやって来ました。
もともと霊感に優れていた遼子は、そこで頑固な作家の地縛霊・火地と出会うのでした。そして遼子は、火地から神功皇后に関する解釈を聞かされました。それは遼子にとって、容易に受け入れられるものではありませんでしたが、火地の主張を否定するだけの主張も彼女は持っていません。

さらなる調査を進めようとする遼子の前に、再び磯笛が現れました。ここから先は、ネタバレになるので詳しく書きませんが、遼子や範夫に磯笛が接触していたことが、やがてバスツアーでの事故に繋がっていきます。そして、ついに事故が起きることになります。

この本の存在を知った時、てっきりツアーに参加した参加者視点で物語が語られているのかと期待したのですが、そういう方向性の作品ではありませんでした。いつものシリーズと違い、遼子という研究者の視点からの描写が多かったことで、QEDシリーズに近い雰囲気が"途中まで"はありました。
しかし通して読み終えてみると、神の時空シリーズの前日談としても今ひとつでしたし、歴史ミステリーとしても消化不良な気がしました。
自省録 (岩波文庫)昨年末からちょこちょこ読んでいた、マルクス・アウレーリウスの「自省録」を読み終えました。

この本は、ローマ皇帝マルクス・アウレーリウスが、書きとめた短文をまとめたものです。いちおう、本編は12巻構成になっていますが、書かれた時期もバラバラで、原書も失われているためこれが本来の形かさえ定かではないらしいです。

2000年近く前に書かれ、その当時の皇帝という強大な権力を手にしているにも関わらず、この本を読んでいると現代にも通じる気づきがたくさんありました。特に心ひかれたのは、著者が徹底的に自己を律して、己の欲のためではなく、公益のために尽くそうとしたことです。

そして、自分の意志で何とかならないものは、それをただ受け入れ、自分の意志で何とか出来ることについては、徹底的に理性的に判断して行動しようとする姿勢に共感できるものがありました。

また他人に対する怒りや不満などへの対処が書かれているのを見ると、今も昔も人間の心は大きく異なるわけではないのだと感じました。もちろん、今の時代には合わない記述もありますが、それを差し引いてもさまざまな時代の人間の心に訴えかける内容を持った本だと思います。

この先も、繰り返し読み返していきたい本ですね。(^^)
国境のない生き方: 私をつくった本と旅 (小学館新書)ヤマザキマリさんの「国境のない生き方 私を作った本と旅」を読み終えました。

図書館で借りた本なのですが、読み始めるまで著者が「テルマエ・ロマエ」の作者さんだと気がつきませんでした。(^^;
著者のマンガも1冊も読んだことがないのですが、それとは関係なくこの本の内容は楽しめました。特に面白いのが、第1章〜第5章の著者の幼少期やイタリア留学しての赤貧生活時代でした。

著者の母親もかなり凄い人で、深窓のお嬢様育ちだったのが、著者と妹を出産した後に夫を亡くして、一人で子供たちを育てていました。交響楽団でヴィオラ奏者の仕事をしていたので、時に演奏旅行にも出かけて幼かった著者と妹は他の家に預けられたりしていたそうです。

そんな母親の影響を強く受けて、著者も自分のやりたいことを突き詰める生き方をしていくようになります。凄いなあと思ったのが、わずか14歳で欧州を一人旅していることです。一人で行ってしまう著者も凄いですが、それを送り出せる母親も相当なものだと思いました。

この時の旅行がきっかけとなり、著者は絵を描きたいと思うようになります。そして美術を学ぶならイタリアだと、旅先で出会った老人に言われて、本当に著者はイタリア留学してしまったのでした。この老人の言った、「人生は一度きりだから、無駄にできる時間はこれっぽっちもない」という言葉が著者を突き動かしたのです。

さらに留学前にお母さんは、「フランダースの犬」を例にあげて、絵描きになるということは貧乏で早死にすることになるけれど、それでもいいのかと問い詰めます。そうなることさえ受け入れた上で、著者はイタリア留学の道に踏み出したのでした。

そしてイタリア時代は、超極貧生活を送ることになります。しかし、ここで「ガレリア・ウプパ」のメンバーとの出会いがありました。そのおかげで著者は、今まで読まなかった本を読むようになり、教養を高める貴重な機会を得たのでした。
さらに著者は、そこで息子を出産することにもなりました。

息子は生まれたけれど、著者の生活は厳しい状況が続いています。そこで生きるために、日本の出版社にマンガを描いて投稿したのでした。それが後に著者が漫画家となることへとつながります。

ここまでは本当に面白くて、読んでいて何度も自分には著者のような覚悟がなかったと頭を殴られたような思いをしました。でも第6章から、著者の交流関係やその後の漫画家としての成功が語られるようになったら、ここからは別人が書いたのかと思えたほど面白さが薄れてしまいました。

というわけで、本の後半は今ひとつでしたが、前半で描かれた著者のヒリヒリとした生き方には惹かれるものがありました。この前半を読むためだけにも、この本は読む価値があると思いました。
オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)新年最初に読み終えたのは、新潮クレストの1冊「オープン・シティ」でした。

マンハッタンを歩き回る精神科の研修医ジュリアンの見た光景、思い出した記憶、その時々の思いなどが交錯しながら語られていく作品です。

大きなストーリーがあるわけではなく、現在と過去、マンハッタンからジュリアスの故郷ナイジェリアやお祖母さんを探して訪れたブリュッセルと、時も場所も自由自在に行き来します。

そんな構成の作品なのですが、読み始めたら引き込まれて、最後まで読み通しました。物語の中でジュリアンがあちこち彷徨うように、読者もそれぞれのペースで物語の中を歩き回るような感覚の作品だと思いました。

1つ1つのエピソードを楽しむのもいいですし、複数のエピソードがまとまって1つの形が見えてくるものを楽しむこともできます。そして読み通した時、心の中にいろいろなものが残っていることに驚きました。
会社苦いかしょっぱいか: 社長と社員の日本文化史今年最後の読書は、パオロ・マッツァリーノさんの「会社苦いかしょっぱいか」です。

著者の他の本と同様に、この本でも過去の資料を活用しつつ、日本人と会社について楽しく書かれていました。
最初は会社の起こりからですが、日本人の間に会社という概念が広まるよりも、社長という言葉が先に知られるようになったことが興味深かったです。

そこから始まって、戦前のやりたい放題だった社長の生活、特に女性関係に焦点を当てて紹介されています。これは今読めば笑い話ですが、実際にその当時を生きられていた方たちはたいへんだったんだろうなあと思いました。

そして庶民の方へと話は移ります。東京では、戦前も戦後も住宅事情が悪くてたいへんなようです。特にマイホームを持つのが理想とされた世代では、住宅ローンが原因で家庭崩壊にまで至ったケースもあるそうです。そして朝の通勤地獄が、かなり昔から始まっていたのに、どの時代も対策らしい対策がされていません。それは今も続いていて、本当に何とかならないものかと思います。

さらに話題は、宴会での芸や出張費のちょろまかし、昔からあったサラリーマンの心の病、ビジネスマナー、産業スパイについてなどと幅広く語られています。

というわけで、日本人と会社についての悲喜こもごもを、さまざまな視点から知ることができて楽しい本でした。
QED ~ortus~白山の頻闇 (講談社ノベルス)高田崇史さんのQEDシリーズ、「QED 白山の頻闇」を読み終えました。

今回は、結婚して金沢に住んでいる奈々の妹・沙織のところへ崇と一緒に赴くお話と、奈々と崇が大学時代に初めて出会った時を舞台にした作品の2本立てでした。

「白山の頻闇」は、白山比咩神社に奈々と崇が訪れることになります。奈々の妹の沙織が結婚して、金沢に住んでいることから、この話が決まりました。お話のメインとなっているのは、「日本書紀」に1行だけ姿を現す菊理媛神(くくりひめのかみ)です。黄泉国で伊弉諾尊と伊弉冉尊を仲裁したらしいのですが、その時になんと言って二神を止めたのかはわかっていません。

それと平行して、例によって殺人事件が起こります。(^^;
今回は、奈々の出発前に外嶋や美緒から事件に巻き込まれることを予想されていました。奈々は事件に巻き込まれる体質は、崇のせいだと思っていましたが、崇は奈々がその体質だと思っていることが判明するのも笑えました。

事件の被害者・日影修平は、手取川で首を切り取られた死体として発見されました。その容疑者は、沙織の結婚相手である白岡隆宏の兄・喬雄でしたが、喬雄は修平が殺された河原で昏倒しているところを発見されていたのでした。

いつもの通りですが、殺人事件の解決は無理矢理な感じです。しかし、白山比咩神社と菊理媛神に関する歴史的な謎解きは面白かったです。

もう1作の「江戸の弥生闇」は、吉原の遊女にまつわる悲しく凄惨な歴史が明らかになるお話です。こちらは、物語の舞台が崇と奈々の大学時代(1985年)というところが、意外と面白かったです。友人の晴美に誘われて、奈々はオカルト同好会の部室を訪れます。そこで奈々は、初めて崇と出会ったのです。

初めて崇と出会った時の奈々の印象は、あまり良いものではありませんでした。しかし、同じ薬学部に在籍していながら、歴史的な出来事にも詳しい崇が、奈々は気になります。そして奈々は、崇と共に遊女たちの投げ込み寺として知られる浄閑寺に赴くことになりました。

それと平行して、大物政治家の愛人となった紫(ゆかり)という女性が、自分の運命と吉原の遊女たちの運命を重ねつつ、やがて自殺してしまったという物語が語られます。

そして崇は、浄閑寺の近くのマンションに住んでいた自殺した女性に関わる謎を解き明かすことになります。こちらの方が、吉原の歴史と自殺した女性の運命とのつながりがある感じでした。

というわけで、久々のQEDシリーズでした。シリーズが完結した時は、ちょっと寂しい気がしましたが、その後もこうして番外編が続いているのはうれしいです。・・・というか、QED別に完結しなくてもよかったんじゃない!?という気がしてきたのですが。(^^;
どちらでもいいアゴタ・クリストフさんの「どちらでもいい」を読み終えました。

この本には、アゴタ・クリストフさんの25篇の短編が収録されています。1つ1つの作品は、とても短くて短編というよりショートショートといった感じです。

代表作である「悪童日記」がそうだったように、この本に収録された作品も言葉の1つ1つはシンプルなのに、読み終わった後に深い闇を垣間見たような気がしました。また全ての作品に当てはまるわけではありませんが、幻想的な言葉の響きが詩のようだなあと感じました。

時に断片のように思える文章から、著者が深い闇を抱えていることが伝わってきました。これだけの闇を抱えながら、それをどうしてこういう形で作品に出来るんだろうと驚きました。文章という形で著者の抱える闇を形にしても、その闇は薄まらないどころか、深くなるのではないかと思いました。

読み終えた後、明るく楽しい気持ちになれる本ではありませんが、読者の心に忘れられない何かを残す作品集だと思いました。
傷つきやすくなった世界で (日経プレミアシリーズ 2)石田衣良さんの「傷つきやすくなった世界で」を読み終えました。

この本は石田衣良さんが、2006年1月〜2008年2月に「R25」に発表されたエッセイをまとめた本です。
テレビでもよく見かけ、多方面で活躍されている石田衣良さんですが、なぜかその本は今まで読んだことがありませんでした。そんな時、このエッセイをみつけて、小説よりも取っつきやすそうだったので^^;読んでみました。

掲載された「R25」の対象読者である、新卒で社会人として働き始めた人に向けられた内容が多いですが、その多くはどの年代の方が読んでも共感できるものだと思います。

エッセイが書かれたのは10年ほど前ですが、書かれている内容は格差社会、勝ち組負け組、いじめ問題など、今でもなお根深い問題として継続中なのが、現在の私たちが生きている世界の残念な現状です。

もちろん重い話ばかりではなく、マルチに活躍されている著者ならではの経験や出会いなどについての話題もあり、通して読んでも胃もたれしない構成でした。個人的なお気に入りは、待ち時間の多いハイヤーの運転手さんたちの意外な読書家ぶりが紹介されているエピソードでした。(^^)
芥川竜之介紀行文集 (岩波文庫)ちょこちょこ読んでいたら、読み終わるまでに2ヶ月くらいかかりましたが^^;、「芥川竜之介紀行文集」を読み終えました。

これまで芥川作品は、小説は読んだことはあっても、日記や随筆などは読んだことがありませんでした。本屋で手に取った時、なんとなく面白そうと思って読み始めたのですが、紀行文でありながら著者の人間くささをより感じさせる内容でした。

前半は松江や京都、槍ヶ岳、長崎、軽井沢など国内の旅の様子が語られます。国内編で一番驚いたのは、軍艦金剛に乗った時の記録があったことです。そこに描かれた、石炭をくべる機関兵の凄まじい働きぶり、そして軍艦の砲身にとまった蝶を見た後の著者の思いが、強く心に残りました。

後半は、上海、江南、長江、北京と続く中国への旅が語られました。各所の史跡を巡る情景が描かれるのかと思いきや、実際に現地に赴いてみたら、詩などに歌われているほどの場所ではなかったなど^^;、かなり手厳しい批評が続くことに驚きました。その一方で、現地で出会った人々の描写が、良い面と悪い面の両方から見えてきます。著者は各地の風物より、とことん人間に興味があったんだなあと感じました。

最後にこの本の良いところでもあり、悪いところでもあるのが、本全体の1/4ほどもある詳細な注と地図が巻末についていることです。本文中に注があると気になる性分なので、行きつ戻りつしていたのも読み終えるまでに時間がかかった原因です。(^^;
機龍警察 狼眼殺手 (ハヤカワ・ミステリワールド)月村了衛さんの機龍警察シリーズ第5弾、「機龍警察 狼眼殺手」を読み終えました。

このところ「機龍警察」シリーズの続編が出なくて、どうなってるのかなと思ったら新刊が発売されていました。
2年前に短編を集めた番外編的な1冊が発売されましたが、本編の方は3年前の「未亡旅団」以来でした。そして内容は、今回も期待を裏切らない満足できるものでした!(^^)

今回は特捜部が、捜査一課や捜査二課と合同で捜査を進める異例の展開から始まりました。その発端となったのは、日中合同で進められている「クイアコン」プロジェクトの関係者が、次々と殺害されていたことです。捜査一課は殺人事件の犯人を追って、捜査二課はその背後にいる黒幕を捕まえるために、特捜部はすべての黒幕だと疑われる<敵>に迫るために、協力体制をとることになりました。

そして一連の殺害事件が、ある1つの意図に基づいて遂行されたことが明らかになります。殺害された者の元には、いずれもカトリックの聖人が印刷されたカードが届けられていたのです。その事実が判明してからも、引き続き犯行は続きます。事件の背後には、警察の動きすらつかむことができる黒幕と、凄腕の暗殺者がいるらしいことがわかってきます。

また警察とは別に、特捜部との因縁も深い和義幇も、この事件の首謀者を追いかけていました。そして和義幇の關が招き寄せた、凄腕の暗殺集団・虎鯨公司の殺し屋たちも暗躍しています。

今回は狼眼殺手と呼ばれる暗殺者の正体が不明だったり、ターゲットにカードを送りつけることから、これまでよりもミステリー色の強さを感じました。そして徐々に真相が見えてくる中、特捜部のライザ・ラードナーと技術班の主任・鈴石緑にスポットが当たっていく展開も面白かったです。

それから、捜査中に見えてくる警察の隠蔽体質や、政財界の闇にも驚かされました。また今回は、特捜部の主要兵器である龍機兵の持つ意味が見えてきたのも興味深かったです。

今回の事件はひとまず落着しましたが、特捜部が<敵>を目指して進めば進むほど、闇の深さ、敵の狡猾さ、巨大さが見えてくる感じです。権力機構の中枢に巣くっているような敵に、特捜部がどう立ち向かうのか、この先も楽しみです!(^^)
モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書 (NewsPicks Book)尾原和啓さんの「モチベーション革命」を読み終えました。最近体調が悪くて、読書がはかどらなかったので^^;、久しぶりに本を読み終えた感じです。

この本では、50,60代の世代と若い人たちの間では、仕事に対する価値観に大きな差があることを指摘しています。
年配の方達は、物がない時代を経験しているので、自分の周りに物がたくさんあったり、高級なものを持つことに価値を見いだします。しかし、若い人たちは物が十分足りている中で育ってきたので、物自身よりも自分にとっての価値を大切にしていると指摘しています。

それを踏まえて、これからの時代はロボットのように働く人ではなく、自分の好きを仕事に出来る人の時代だと著者は主張します。その背景としてロボットやAIの発達によって、これまで人間でなければできなかった仕事の領域が、ロボットやAIに置き換えられるようになっていることをあげています。

そんな時代にチャンスがあるのは、今までのようにがむしゃらに働くことに価値を見いだしてきた世代ではなく、自分の好きなことなら打ち込める世代だと書かれています。その上で、好きなことを仕事にするための方法として、異なる個性が集まったチームを作ることや、ネット上で可視化されて始めた信頼の重要性などについて解説されています。

この本を読んでいて、これが当たり前の世界になったらいいなあと思いました。私自身が社会人になってから、休日出勤や残業を美徳のように考える風潮や、本当は出たくないのに付き合いで参加する飲み会に辟易した経験があるからです。(^^;
陋巷に在り8―冥の巻―(新潮文庫)酒見賢一さんの「陋巷に在り」第8巻を読み終えました。

子蓉(しよう)の蠱術から、妤(よ)を救おうとした医鶃(いげい)でしたが、子蓉の予想外の手強さに医鶃も自分の全てを賭けて戦う必要があることを悟りました。そして医鶃は、顔回の力と自らの信奉する神である祝融(しゅくゆう)の力を借りて、妤を救う決意をしました。その方法は、薬酒の力を使って一時的に顔回を仮死状態にして冥界に送り込んで、妤を救わせるというものでした。

こうして顔回は、生きた身でありながら九泉と呼ばれる冥界へと踏み込みました。そこは顔回の想像を絶した世界で、祝融の助けがなければ顔回といえどもなすすべがありません。そして九泉をくだった顔回は、ついに妤と子蓉とを見つけました。しかし、顔回は2人を連れ帰るつもりなのに、子蓉は連れて帰ることができるのは1人だけだと言います。

そして顔回と子蓉との、言葉での戦いが始まりました。子蓉の言葉に、そして子蓉が力を借りた神・女魃(じょばつ)の力で現れた偽の孔子に、顔回は翻弄されることになりました。顔回はその孔子が偽物だということまではわかるのですが、それ以上の行動に出ることができません。

そんな状況を打破したのは、顔回が意識を飛ばしてしまったことでした。九泉の力を受け入れた顔回は、偽孔子も驚く力を発揮して、その正体が女魃だということが明らかになりました。女魃は顔回に剣を向けますが、それから顔回を救ったのはそれまで成り行きを見守っていた祝融でした。

かくして戦いは、祝融と女魃という神同士の戦いに発展しそうになりました。しかし、祝融の本気を女魃が知ったことで、その戦いはなんとか回避することができました。しかしまだ、顔回が妤と子蓉を連れ戻せたわけではありません。顔回は本当に、2人を連れ帰ることができるのでしょうか。

けっこう苦労した8巻ですが、ようやく読み終えました。(^^;
前半の医鶃と子蓉の戦いは、かなりテンポ良く読み進められたのですが、顔回が九泉に向かったところから物語の進行が異常に遅くなって、読み進めるのにかなり気力が必要でした。このペースだと、次巻でも九泉から帰ってこられないんじゃないかと心配になります。(^^;
みんなの道徳解体新書 (ちくまプリマー新書)パオロ・マッツァリーノさんの「みんなの道徳解体新書」を読み終えました。

この本では、日本の道徳教育についてばっさりと切っています。著者の他の本でもそうですが、単なる思い込みや特殊な例が、全て同じだと考えてしまう危険性を指摘されています。

本の中では、道徳の教科書に採用された数々のお話がコンパクトに要約されて紹介されています。その事例をみていくと、ある特定の考え方や価値観を押しつけようとするのが「道徳」の授業だとはっきりしてきます。

どの章も面白いですが、特に印象的なのは、なぜ大人は「人を殺してはいけないのか」という質問に答えられないのかを説明した章が、一番面白く考えさせられました。

「人を殺してはいけない」と言う一方で、死刑制度が存在する矛盾。ここを読んだ時、人は意識的にしろ無意識にしろ、自分にとって都合の悪い人間には生きていて欲しくない=死んでもらいたいと考えてしまうものなんだと思いました。

この本を読んだおかげで、私自身が道徳の授業が大嫌いだったことを思い出しました。(^^;
子供の時には、その理由がうまく説明できませんでしたが、この本を読んで授業の裏に隠された偽善を感じ取っていたのだと気づきました。

また今でも忘れられない、道徳の授業の嫌な思い出があります。授業の中で、先生が自分の周りでみかけた悪いことを挙げなさいと言い出しました。私は特に悪いことを見かけた覚えがなかったので、「何もありません」と答えました。すると先生は、そんなはずはない何かあるはずだと怒り出しました。結局、適当に嘘をついて"悪いこと"をでっち上げることになりました。

今の私が、その時その場所にいたら、「周りに悪い人がいなくてよかったね」と言ってあげたいです。
真幻魔大戦〈1〉ビッグ・プロローグ (徳間文庫)平井和正さんの「真幻魔大戦」第1巻を読み終えました。

このところ同じ著者の「ボヘミアンガラス・ストリート」や「地球樹の女神」を再読してみたのですが、どうも今ひとつしっくりこなかったので、過去に一読だけした「真幻魔大戦」を読み返してみることにしました。

この「真幻魔大戦」は、角川文庫版「幻魔大戦」とは別次元の世界での出来事という設定です。角川版は1967年が舞台でしたが、こちらでは1979年が物語の舞台となり、物語の冒頭で登場するのはルナ姫ではなく、その妹であるリア姫になっています。

リア姫は故郷であるトランシルヴァニアから、アメリカへと向かうクェーサーの専用機にいました。彼女の姉であるルナ姫は、フロイと邂逅することもなく、アル中になって数年前に亡くなっていました。リア姫は、彼女の超常能力に興味を持ったクェーサーの帝王カトーに買われて、アメリカへと向かっていたのです。

順調な飛行が続く中、リア姫の体にルナ姫が憑依しました。そのルナ姫は、リアが知っているルナではありませんでした。彼女の知っているルナとは別のルナが、リアの体を借りて現れたのです。そしてリアは、別次元で起こったルナとフロイとの出会い。サイボーグ戦士ベガとの出会いを知ることになるのでした。

そしてリアは、この専用機を襲う危機を告げました。クェーサーにリアの世話役として派遣された謎の美女ムーンライトは、それを機長へと伝えます。そのおかげで専用機は惨劇を免れて、無事に目的地へと到着したのでした。

クェーサーの帝王カトーは、世界各地から優秀な超常能力者を集めていました。その中に、強力な催眠術を駆使するドクター・タイガーマンがいました。彼はその力を利用して、カトーに取り入ろうとしていました。しかし、彼にとって目障りな存在がムーンライトでした。ゲスな心の持ち主であるタイガーマンは、この事件を利用してムーンライトを失脚させようとしていたのでした。

リア姫の乗っていた専用機の機長は、突然の進路転換の理由をカトーに問いただされていました。しかしカトーに反感を持つ機長は、真実のすべてをカトーには伝えていませんでした。そこでカトーは、タイガーマンの力を利用して、その時に何が起きたのかを詳細に知ろうとしたのです。

すでにクェーサーを退職する決意を固めていた機長でしたが、タイガーマンの強力な催眠を受けて、自分の意思に反してカトーに知られたくないと考えたことまで話してしまいました。その一部始終を、霊体となって屋敷の中をさまよっていたリア姫が目撃しました。しかし、その場に同席したテレパシスト、ジョージ・ドナーによって、彼女がそこにいることが明らかにされてしまいました。それを知ったカトーは、のぞき見している者を何としても知ろうとするのでした。

過去に一読しただけなので、詳細は完全に忘れていました。(^^;
かって読んだ時は新書版でしたが、今回は文庫版を読みました。そのせいか、第1巻の内容としては、ここで終わり!?という少し不満の残るものでした。ルナ姫と比べると、リア姫は精神的に未熟で頼りない感じです。それを補うかのように登場したムーンライトは、神秘的な魅力が感じられますね。
陋巷に在り7―医の巻―(新潮文庫)酒見賢一さんの「陋巷に在り」第7巻を読み終えました。

この巻では、妤(よ)にかけられた蠱術を破るために、南方の呪術に詳しい医鶃(いげい)が子蓉(しよう)と対決することになります。

苦心の末に費城を破壊は終わりましたが、孔子の目的はまだ達成されていません。孟孫氏に仕える公斂處父(こうれんしょほ)が、残された成城に陣取り、城の破壊をやめさせようとしていたのです。とはいえ、無理に力押しすれば、先の費城にこもって戦った公山不狃(こうざんふちゅう)との戦いの二の舞になってしまいます。

しかし、孔子はこの問題は何とかなると考えていました。この頃、魯の国は日照りに悩まされていました。そこで大がかりな雨乞いの儀式が行われる予定になっていました。その儀式には、公斂處父も参加しなければなりません。そのためには都まで出向く必要があるからです。仮に公斂處父が儀式を欠席すれば、それを理由に処断する口実ができます。

そんな孔子のところに、思わぬお客がやって来ました。なんと魯の都の騒ぎの原因である子蓉が、孔子の元を訪れたのです。子蓉は、顔儒の里に出向くのに、孔子の仲介が欲しいと言います。本来、別の土地から儒者がやって来た時は、その土地の儒者を表敬訪問することが礼儀だったようです。しかし、子蓉や少正卯(しょうせいぼう)たちは、顔儒の元を訪れていませんでした。(それを口実に顔儒の里を訪れた少正卯は、重傷を負うことになりましたが)

その頃、顔儒の里には南方から医術の達人である医鶃がやって来ていました。医鶃は、その眼力で実際に患者を目にする前から、その病を見抜くほどの力を持っていました。医鶃は本来は、妤のために招いたわけではなく、蠱を植え付けられた冉伯牛(ぜんはくぎゅう)を救うためでした。それが結果的に、妤のためにもなったのです。

医鶃はその力をもって、妤を操る子蓉の術と戦います。子蓉の力は、医鶃を驚かせるほどのものでした。結果的に、なんとか子蓉の仕掛けた罠を切り抜けることができましたが、一歩間違えれば死人が出ているところでした。
2人の最後の戦いは、蠱術が最高の力を得るといわれる満月の夜に行われます。強かな医の練達者である医鶃すらも時に出し抜いてみせた子蓉を退散させて、妤を救うことができるのでしょうか!?

今回は、医がお話の中心だったこともあり、全体的に重い雰囲気でした。この本を読んでいるだけで、こちらも子蓉の蠱術にからめとられているような気がしました。(^^;

しかし医鶃すらも驚嘆させる、子蓉の力は凄まじいですね。物語の主人公である顔回や孔子よりも、自由奔放にパワーをふるう子蓉が、この作品で一番魅力のあるキャラではないかと思いました。
失われた時を求めて(3)――花咲く乙女たちのかげにI (岩波文庫)2巻を読み終えてから、5年ほどが経過してしまいましたが^^;、ようやく「失われた時を求めて(3)――花咲く乙女たちのかげに I」を読み終えました。

2巻から時が経過して、主人公はパリで暮らしています。パリには、スワンとスワン夫人となったオデット、そしてその娘のジルベルトも暮らしています。"私"は、何とかジルベルトと親しくなり、スワン家に出入りできるようになりたいと思います。しかし、それはなかなかうまくいきません。

そんな物語と平行して、"私"が見たお芝居や文学、パリの社交界の様子などが描かれていきます。そして念願かなって、ついに"私"は、ジルベルトのおやつの時間に招かれることができました。"私"はジルベルトに惹かれながら、もう1つの興味の対象であったスワン家の様子を詳しく知ることになります。またスワン家を訪れたことによって、"私"は心酔していた作家のベルゴットとも知り合うことができました。

"私"とジルベルトの関係は、悪いものではありませんでした。ところが、ジルベルトの不機嫌に、"私"も不機嫌で応じてしまったことから、2人は仲違いしてしまうのでした。"私"は本心では、ジルベルトのことが好きでたまらないのに、あえて彼女から距離を置きます。

それが原因で、2人の関係はますます疎遠になってしまうのでした。しかし、ジルベルトの母であるオデットと"私"の関係は続いているという、ちょっと不思議な状態が生まれます。

そしてある日、"私"はジルベルトが別の男の子と連れだって歩いているのを目撃してしまうのでした。それが引き金になって、"私"の初恋はあっけなく終わりを迎えます。

基本的な物語としてはシンプルですが、"私"の心の動きや見たものからの連想が広がっていくのが凄いです。
とはいえ、それが物語の読みづらさにもつながっていて^^;、"私"の思考が連続しているため、あまり改行もなく、ほぼ区切れることなく物語が続いていきます。1冊を一気に読めればいいのですが、普通は読者はどこかで一区切り入れたくなります。しかし作品自体に区切りが設定されていないので、それがとても難しかったです。

結局、この5年の間に何度か手にとって読み始めたものの、途中で挫折するを繰り返していました。今回ようやく読み切ることができたのは、自分で内容的に区切りがついたと思ったら、そこでいったん読むのを停止することにしたからでした。

しかし、それだけの苦労をしても、読み終えることができてよかったと思いました。1800年代終わりのパリの社交界の描写も興味深かったですし、芸術に対する著者の博識さや考え方に驚かされました。
覇者の戦塵1943 ダンピール海峡航空戦 下 (C★NOVELS)谷甲州さんの覇者の戦塵シリーズ第13作、「覇者の戦塵 ダンピール海峡航空戦(下)」を読み終えました。

転章では、久しぶりに日下部が登場しました。彼は独自に、戦争を終わらせるために道を探っています。しかし、それには現政権の首相である東條内閣を新たな内閣へと交代させる必要があります。和平への道を進むためには、想像以上の困難を克服しなければならないようです。

その頃、ブナに進出した陣内少佐は、ブナから近いオロ湾に米軍が上陸したらしいことを知りました。少数の部下と共に偵察に向かった陣内少佐は、そこで米豪軍が原住民を協力を得て、積極的な作戦を進めようとしていることを知りました。倒した敵の士官が持っていた写真から、ブナへの攻撃が予想以上に早く行われることを知ったのです。

それに対抗する兵力を確保するために、陣内少佐はラバウルへと飛びました。そこで海兵隊の戦力も合わせて、多数の戦力をブナへと送り届けようとします。しかし、予想に反して陣内少佐の計画は、なぜか順調に進みます。その理由は、なんと陣内少佐らの派遣しようとする輸送艦を囮にして、敵に逆襲しようとする作戦が進められていたからでした。

秋津中佐と会って、それを知った陣内少佐でしたが、現実的に兵力を前線に送り届けるには、この作戦を利用するしかありません。陣内少佐が腹をくくった間に、さらに戦況は変化しました。なんと陣内少佐の留守の間に、ブナの飛行場が海上の重巡から艦砲射撃を受けていたのです。これがきっかけとなり、作戦の内容が変更されました。

陣内少佐らが輸送艦で移送を開始するのは同じですが、当初とは違い大規模な艦隊が編成されて輸送艦の護衛にあたることになったのです。その一方で、ブナに進出している部隊との連携も図られて、ポートモレスビーから輸送艦を狙って出撃する攻撃機を邀撃する作戦も実行されることになりました。

この戦いは、予想外の日本軍の勝利となりました。ブナの航空部隊や輸送船団の護衛部隊が、敵の攻撃部隊に大きな打撃を与えたのです。とはいえ、日本軍も無傷とはいきません。積極的に泊地攻撃を仕掛けた日本艦隊が、別の敵艦隊に待ち伏せされて大きな被害を出したのです。

しかし、これまで一方的に押されていたニューギニア戦線の日本軍は、今回の作戦の成功で、これからの戦いの橋頭堡を築くことに成功しました。とはいえ、陸海軍間の連携のまずさや、個々の技倆に頼るのではなく総合力で戦う方法の確立など、これからの課題も数多くあります。そして最大の課題は、どうやって戦争を終結させるかです。
それが実現するまでには、まだ多くの時間を必要としそうですね。
ダンピール海峡航空戦〈上〉―覇者の戦塵1943 (C・NOVELS)谷甲州さんの覇者の戦塵シリーズ第13作、「覇者の戦塵 ダンピール海峡航空戦(上)」を読み終えました。

東太平洋での戦いが進められている間に、陸軍を中心にポートモレスビー攻略を目指した戦いが強行されました。その結果、制空権を完全に米豪に奪われ、前線への補給も滞り、前線部隊は壊滅的な状況にありました。前線を視察した秋津中佐は、その悲惨な状況に驚きました。そして秋津中佐は、陣内少佐と共に機械化された設置部隊を前線に送り込み、壊滅的な状況にある現地の航空部隊の立て直しを計ります。

ところが、軍の上層部は中部ソロモン方面に、無謀ともいえる上陸作戦を決行しようとしていました。そのために、秋津中佐らは、計画に要となる輸送艦の手配に苦心することになるのでした。そんな無謀な計画を推進しているのは、例によって各務大佐でした。(^^;

それでも何とか、秋津中佐たちは輸送艦と護衛艦を確保して、計画を実行することができました。皮肉にも、軍の主力が中部ソロモン方面に向かったことで、秋津中佐の計画する方面への警戒が手薄になったのです。それでも何度か敵の襲撃を受けましたが、何とかそれを切り抜けてブナに機械化された重機部隊を送り届けることができたのでした。

一方、中部ソロモン方面に侵攻した部隊は、敵の強力な攻撃を受けて輸送部隊の大部分を失う被害を出していました。そのために、部隊は侵攻を断念せざるをえませんでした。しかし、計画を中止したことで、貴重な兵力を失うという最悪の事態だけは免れることができました。

ブナに進出した陣内少佐は、すぐさま飛行場の設置にかかります。それを察知した敵は、連日爆撃を繰り返しますが、それに反撃できる戦力がありません。巧みな偽装で、敵の目を攪乱することで被害を最小限にとどめていますが、いつまでもそれを続けることはできません。

そこへ、陸軍の飛燕部隊が派遣されることになりました。海軍航空隊と違い、陸軍航空隊は海上の航法に不安はありましたが、なんとか6機の飛燕を1機も失うことなく、前線へと送り込むことができました。これが戦局を動かす転換点になればいいのですが・・・。

というわけで、今回は悲惨な状況にある南方戦線の様子が語られました。現実の歴史では、物語以上に前線の状況は悲惨だったようです。補給を無視し、旧来の方法に捕らわれて新しい技術を導入することもせず、上層部の失策が断罪されることもなく。これでは前線の兵士たちは、本当に浮かばれないと思いました。
陋巷に在り (6) (新潮文庫)酒見賢一さんの「陋巷に在り」第6巻を読み終えました。

この巻では、ようやく顔回と孔子が動きました。子蓉(しよう)に操られた妤(よ)は、魯の都の雑人溜りから発生した暴動を楽しんでいます。妤の移動に合わせるかのように、騒乱の発生する場所も移動していきます。そこについに、顔回が現れました。顔回の前に立ちふさがったのは、守り人という使命すら忘れた五六でした。

そんな五六を、顔回はいきなり殴りつけました。普通の状態なら、体術に優れた五六が顔回の攻撃を受けることはあり得ません。しかし今の五六は、妤を通じて子蓉の媚術に落ちています。そんな状態だからこそ、顔回の打撃をかわすことができなかったのでした。

顔回に殴りつけられて、五六はようやく正気に戻りました。そして顔回は、ついに妤と対面しました。わずかの間に、妤の姿は変わり果てていました。子蓉の蠱術に落ちたことで、妤の生気は急激に使い尽くされていたのです。顔回はそんな妤を通して、再び子蓉と対決することになりました。

しかし妤を通しての戦いでは、子蓉に勝ち目はありませんでした。子蓉自身、そんな攻撃で顔回が倒せるとは思っていませんでした。しかし、妤が顔回の命を奪おうとした時、顔回はその攻撃を避けようとしませんでした。その一撃は、五六によって防がれましたが、顔回は妤によってなら命を落とすこともやむを得ないという覚悟がありました。それがさらに、子蓉を腹立たしくさせるのでした。

こうして顔回は、妤を救い出しました。しかし妤は消耗が激しく、このままでは死を免れません。そこで顔回は、妤を顔儒の里へと運ぶことにしました。ところが、その途中で顔回は異変を感じました。顔回は妤を五六に託して、自分は魯の都に残って何かをすべきだと感じたのでした。

その頃、費城の公山不狃(こうざんふちゅう)の元には、大きな革袋が送られてきました。戦いに先立ち、魯が何かを企んでいるようです。袋の中に人がいるのを察知した不狃は、外から袋を串刺しにさせました。その中にいたのは、魯の都で暮らしていたはずの不狃の年老いた両親だったのでした。

それを知った時、不狃は激しい怒りに取り憑かれました。それまで不狃は、費城から積極的に戦いに出ることなく、堅く守りを固めるつもりでした。しかし悪悦の仕掛けた悪辣な呪詛に、不狃は完全に陥ったのでした。そして不狃は、方針を変更して、徹底的に城から攻勢に出ました。その一方で、別働隊として叔孫輒(しゅくそんちょう)を裏道から魯の都へと向かわせます。

これに対する子路は、徹底した積極策で費の意表を突こうとします。当初の予定通り、不狃が守りをかためていれば、子路の無茶な作戦も効果を上げたかもしれません。しかし、不狃が城から出て戦ったことで、子路に率いられた魯軍は行動の自由を制限されて、不狃に攻め込まれることになったのでした。

不狃に率いられた部隊は、鬼神のような戦いぶりで魯軍を圧倒しました。そしてなんと、不狃の部隊は敵の部隊を強引にくぐり抜けて、魯の都へと迫ったのでした。子路に率いられた部隊の中では、子服の部隊のみが叔孫輒の別働隊に気づいていました。彼らは叔孫輒の部隊を追いますが、先行する部隊に追いつくことができません。

そして多くの兵を派遣して、警備が手薄になった魯の都が新たな戦場となりました。先に都に到着した叔孫輒の部隊は、貴族の屋敷が集まる一角を襲い、掠奪に走ります。それに遅れて、別方向から不狃の部隊も到着しました。不狃の部隊は疲労困憊しているはずなのに、鬼神に取り憑かれているためか疲れを知らない戦いぶりをみせました。

魯の都が攻め込まれることを察知した孔子は、定公や孟孫・叔孫・季孫と共に季孫の屋敷へと避難します。それを執拗に不狃が追い詰めます。そんな不狃に、孔子は自ら武器を手に立ち向かいました。そして孔子の放った矢によって、不狃にかけられていた呪術がとけました。それと共に、不狃とその兵を駆り立ててきた、異常な力は失われたのでした。

そこへ、ようやく軍を立て直した子路が到着しました。包囲殲滅されることを恐れた不狃は、叔孫輒と共に裏道を使って費に逃げ延びようとします。ところが、そのルートは子服の部隊が向かっています。費への道を絶たれた不狃と叔孫輒は、わずかな手勢だけを引き連れて、隣国の斉への落ち延びたのでした。

戦いの成り行きを見ていた悪悦は、再び顔回の姿を目にしました。しかし、顔回に気をそらされて、2人の間に戦いは起きませんでした。そして悪悦は、少正卯(しょうせいぼう)の屋敷へと帰ってきました。費兵の侵攻によって、少正卯の屋敷も襲われていました。もちろん悪悦は、それも承知の上でした。混乱の中で少正卯が命を落とせば、悪悦がその代わりを務めることができます。

しかし悪悦の目論見は、子蓉の想像を超えた力に阻まれました。なんと少正卯の屋敷を襲撃した者たちは、子蓉の手で惨殺されていたのです。子蓉の力は、今や悪悦をはるかにしのいでいるようです。しかし、悪悦はその事実を認められずにいます。

というわけで、この巻は前半の顔回と妤、五六の戦い。後半は鬼神のごとき不狃の戦いと、それに応じる孔子の戦いと読み応えがありました。とはいえ、顔回も孔子も自ら積極的に動いたのではなく、基本的に受け身だったのがじれったかったです。(^^;
激闘東太平洋海戦〈4〉―覇者の戦塵1943 (C・NOVELS)谷甲州さんの覇者の戦塵シリーズ第12作、「覇者の戦塵 激闘 東太平洋海戦(4)」を読み終えました。

ミッドウェイから発進した、5機の機種のバラバラな偵察機は、それぞれの索敵線に沿ってアメリカ軍の機動部隊を探しています。その中の二式陸上偵察機が、ついにヨークタウン型の空母を発見しました。しかし後方には、さらに別の空母機動部隊が存在する可能性があります。

その間も、ミッドウェイでの日米の激闘は続いていました。これ以上の部隊の上陸を阻止したい日本軍でしたが、制空権を奪われ、砲撃陣地を次々に破壊されて、有効な対抗手段がありません。それに対して、米軍はシャーマン中戦車をさらに揚陸して戦力を増強しています。

さらに敵機動部隊の所在がつかめず、ミッドウェイ方面に向かった第三艦隊司令部は方針を決めかねていました。状況を打破するために、索敵機を発進させようとしたところに、さらなる情報が届きます。司令部の予測してない地点に、空母2隻をともなう米艦隊が存在するというのです。

ミッドウェイの日本軍は、増援されたシャーマン中戦車に苦戦しています。そんな中、索敵に向かった偵察機がミッドウェイへと帰還してきました。しかし、着陸する滑走路が戦場となっている上、上空には米軍機の姿もあり、着陸は困難を極めます。帰還機に犠牲が出る中、日本軍は高角砲を対戦車砲に転用して、迫り来るシャーマン中戦車に応戦します。これが予想外の戦果を上げて、米軍は一時的に撤退していきます。

その夜、蓮見大佐は思いきった夜襲作戦を実行しました。ミッドウェイに残された攻撃機を使って、輸送船団を攻撃しようというのです。例によって無茶な^^;蓮見大佐の作戦ですが、ミッドウェイ近海に潜んでいた蛟龍も戦いに加わり、空母と駆逐艦を撃沈する戦果を上げたのでした。

その頃、第三艦隊の索敵機は、米軍の機動部隊を補足していました。続いて到着した攻撃部隊が、次々と空母を狙って攻撃を仕掛けます。しかし敵の対空防御は強力で、攻撃部隊は攻撃ポイントに入る前に数を半減させてしまいました。それでも続く第2波による攻撃で、何発かの打撃を空母に与えました。しかし米空母の防御力は高く、この程度の打撃では早急に修理を行い、すぐに戦線に復帰してきそうです。

さらなる決定的な打撃を与えるために、第三艦隊は第三波の攻撃を実行することになりました。しかし、日没が近づくこの時間帯の攻撃は、攻撃機の帰還が困難になるという不安要素もあります。それでも第三波の攻撃によって、日本軍はついに空母を撃沈しました。

しかし、日本軍の受けた打撃も小さなものではありませんでした。攻撃を受けた空母から発艦した攻撃部隊の襲撃を受けて、旗艦空母の加賀が失われたのです。結果的に今回の戦いで、日本軍は空母1隻、アメリカ軍は3隻の空母を失うことになりました。戦果だけ見れば、日本軍の圧勝ですが、工業力の差を考えれば、貴重な空母を失った日本軍の影響も小さなものではありません。

そしてこの戦いの後、ついに日本軍はミッドウェイから撤退することになりました。日本軍の撤退ぶりは、徹底的なもので、破壊された米軍機や海底に設置された通信用ケーブルにまで及びました。そして最後に魚住上飛曹が言った一言が、この戦いのすべてを語っていると思いました。「撤収するくらいなら、最初から上陸などしなければよかったのに」。

というわけで、4巻に渡って続いた激闘もついに終了です。この戦いでは、電探がますます重要な役割を果たすようになりました。米軍では、電探と連動した射撃管制システムも当たり前のものになりつつあります。さらに米軍は、電探の妨害装置の開発にも成功しています。日米の開発力・工業力の差が、これからの戦いに大きく影響してきそうですね。
陋巷に在り〈5〉妨の巻 (新潮文庫)酒見賢一さんの「陋巷に在り」第5巻を読み終えました。

前巻で子蓉(しよう)の蠱術に陥った妤(よ)でしたが、そんな妤を救おうとするうちに五六も子蓉の術に陥ります。妤と違い、五六は媚術に対する心得もあったのですが、妤への恋心と師匠である顔穆を失った隙を突かれて、いつの間にか媚術に取り込まれていました。

この術の怖さは、かかっている本人は自分の意思で行動していると思っていることですね。周囲から見たら異様な行動も、本人にとっては必然だと知らず知らず思わされてしまう。本当に恐ろしい術ですね。

一方、孔子が進める三桓家の3つの城を破壊する謀略にも支障が生じていました。公山不狃(こうざんふちゅう)の希望を受け入れて、費の前に郈城(こうじょう)が破壊されました。ところが、次は費城となったところで、公山不狃が孔子に不信感を持ったのです。

その原因は、悪悦にありました。孔子と公山不狃の連絡役を務める公伯寮は、悪悦の術にかかって役を果たしていませんでした。それどころか、悪悦の策略によって、孔子が公山不狃に無茶な要求をしたように装われていたのです。こうして孔子の知らないところで、孔子と公山不狃の関係はどんどん悪化していたのでした。

しかし、そんな悪悦の行動は、少正卯(しょうせいぼう)の意図するところではありませんでした。しかし、顔儒との戦いで重傷を負った少正卯には、悪悦を止める力はありません。子蓉に翻弄されながら、少正卯はただ歯がみするしかありませんでした。

その間にも、費城の破壊に向けて魯の都からは、費に向けて多数の兵士が派遣されようとしていました。費に大勢の兵士が赴くために、都の警備は手薄な状況になっていました。そんな中、孔子の部下である申句須(しんくしゅ)と楽頎(がくき)は、都の警備を任されていました。

都を見回っていた2人は、雑人溜りと呼ばれる旅芸人や巫祝のたまり場に、不穏な様子があることを知りました。それを裏で操っているのは、なんと妤でした。妤は子蓉の蠱術に完全に取り込まれて、いつの間にか雑人溜りの首領のような立場になっていたのです。そんな妤に協力するのは、妤を通して子蓉の術に絡め取られた五六です。

いよいよ費城に軍勢が向かう中、悪悦は公山不狃の元を訪れていました。悪悦は自らの策略に、公山不狃たちが踊るのを楽しんでいました。そして悪悦は、思い切った策略を公山不狃に話しました。このまま費城に籠城するのではなく、間道を通って魯の都に攻め込むべきだと訴えたのです。

ところが、悪悦の話術に不審を抱き始めた公山不狃は、悪悦の思い通りには踊りませんでした。陽虎の一件もあって、今では費城に立てこもることになった公山不狃でしたが、魯の国に対する忠誠心は失われていなかったのです。自らの術が破れたと知った悪悦は、これまでの態度を豹変させて冷酷な態度を取りました。子蓉と比べると、このあたりが悪悦が詰めが甘いというか、小者な感じですね。(^^;

というわけで、今回は顔回の出番はほぼなく、悪悦の陰謀と子蓉の媚術が状況を思わぬ方向に動かしていきました。
それに対して何も手を打てない孔子や、相変わらずぼ〜っとした生活を続けている顔回が歯がゆいですね。
覇者の戦塵1943 激闘 東太平洋海戦3 (C★NOVELS)谷甲州さんの覇者の戦塵シリーズ第12作、「覇者の戦塵 激闘 東太平洋海戦(3)」を読み終えました。

この巻では、ついにミッドウェイに上陸したアメリカ軍と、それを阻止しようとする日本軍が激突します。
日本軍の予想に反して、アメリカ軍はミッドウェイ環礁の南ではなく、北から侵攻を開始しました。アメリカ軍は、水陸両用車両まで投入してきました。それを迎え撃つ日本軍の思わぬ力となったのは、前巻でミッドウェイにたどり着いた、傷だらけの駆逐艦・天霧でした。

先の戦いで少なくないダメージを受けていた天霧でしたが、その砲塔はまだ一部が使えました。その砲撃が、アメリカ軍の上陸部隊を足止めする役に立ちました。しかし、そんな天霧は散発的に訪れる米軍の爆撃機の攻撃を受けて、さらにダメージを受けてしまいました。それでも天霧の橘川艦長は、最後まで戦い抜く姿勢です。

天霧の砲撃を誘導するために、陸上部隊として天霧から樟葉大尉らがミッドウェイ司令部に派遣されました。しかし司令部は混乱状態で、樟葉大尉らは足手まとい扱いでした。そんな大尉たちを活かしたのは、海兵隊でした。そして気がつけば、海兵隊の蓮見大佐を中心に、海兵隊・海軍・陸軍を混成した集団が出来上がっていました。蓮見大佐のやり方を知らない部隊は、その指揮ぶりに驚きますが、現実にそれが成果を上げるのを見て納得するのでした。

そして日本軍は、一時的にアメリカ軍の攻勢を押し返して、索敵のためにキ74特号機を発進させることに成功しました。さらに今回は活躍の機会がありませんでしたが、かって真珠湾で活躍した潜水艇・蛟龍に乗った酒巻中尉と稲垣軍曹のコンビ+3人の下士官も海中に潜んでいます。

さらにミッドウェイを狙う米機動部隊を目標に、第三艦隊が動いています。圧倒的な物量を投入して日本軍を駆逐しようとするアメリカ軍に、日本軍はどれだけ対抗することができるのでしょうか。

というわけで、今回はミッドウェイの日本軍の苦闘が描かれました。制空権と制海権をアメリカに握られて、ミッドウェイを守備する日本軍は絶望的な状況です。この戦いがどんな形で決着するのか、次巻が楽しみです!
激闘 東太平洋海戦〈2〉―覇者の戦塵1943 (C・NOVELS)谷甲州さんの覇者の戦塵シリーズ第12作、「覇者の戦塵 激闘 東太平洋海戦(2)」を読み終えました。

ついにアメリカ軍による、ミッドウェイ奪還作戦が始まりました。ミッドウェイに進出していた部隊は、大編隊で押し寄せる部隊の物量に物を言わせた攻撃にさらされることになりました。そして日に日に、迎撃できる機体は失われ、連日の爆撃で滑走路は補修と破壊を繰り返しています。

その頃、本土で姫川大佐を通じて、秋津中佐は岡田元首相の側近・迫水久常と顔を合わせていました。ミッドウェイの部隊を、秋津中佐は自らの及ぶ範囲で助力していました。上層部は既に、ミッドウェイからの撤退を視野に入れていましたが、秋津中佐は前線で戦う兵士たちを見殺しにすることはできないと考えていたのです。

迫水は、現政権ではこの戦争を終わらせる力はないと見ていました。それ故、早期に現政権から新たな、戦争を終結させられる政権を樹立することが必要だと考えていました。秋津中佐の行動は、それが本人が意図したことではないにせよ、現政権の維持につながると迫水は見たのです。その事実に直面して、秋津中佐は自分が軍事軍略だけでなく、政治の世界に足を踏み入れているのだと悟ったのでした。

ミッドウェイでは、海兵隊や陸軍航空隊の部隊が、残された戦力を使って奮戦していました。しかし、アメリカ軍との戦力差が大きすぎて、出撃するたびに消耗を強いられる苦しい戦いが続いています。そんな中、敵中へと進出した魚住上飛曹は、アメリカ軍の大規模な艦隊群を発見しました。そこに空母の姿はありませんでしたが、戦艦や重巡などの大規模部隊がありました。

その部隊は、ミッドウェイを砲撃するために移動しているようです。単機の攻撃では、その部隊に大きな打撃を与えることはできませんが、魚住上飛曹はサウスダコタ級戦艦への攻撃を敢行しました。その攻撃は戦艦に少なからぬダメージを与えたようですが、その戦果を確認することまではできませんでした。

その頃、ミッドウェイ近海には、日本軍の特務駆逐艦が進出していました。その艦隊は、わずか4隻の部隊でしたが、雷撃戦に特化した戦闘力を持っていました。夜の闇の中、その部隊はミッドウェイを砲撃しようとするアメリカ艦隊を発見しました。その攻撃が、アメリカ軍に予想外の動揺を与えることになりました。

アメリカ軍は、この海域には日本軍の艦隊はいないと読んでいました。しかし、駆逐艦からの思わぬ攻撃を受けて、確認されていない艦隊がいるのではないかと思い込んだのです。それが、予定されていたミッドウェイへの砲撃、未知の艦隊探索のための艦載機の分散を生みました。そのおかげで、ミッドウェイの日本軍はようやく一息つくことができたのでした。

そんなミッドウェイに、一機の水偵が到着しました。それはアメリカ軍の陽動によって、ギルバート諸島方面に向かったと思われた第三艦隊からの連絡機でした。そこには、通信参謀の野上少佐の姿がありました。野上少佐は、これから行われる第三艦隊のアメリカ軍機動部隊との戦いに備えて、航空部隊の待避先としてミッドウェイの滑走路を確保する必要性を知らせに来たのです。

司令部の参謀は、それを安易に受け入れますが、野上少佐はその安請け合いに不安を感じます。しかし、予備士官の沖津予備中尉と話をしたことで、大きな収穫を得ることができました。沖津予備中尉は、司令部よりも的確にアメリカ軍の動きを見抜いていたのです。

アメリカ艦隊に思わぬ打撃を与えた駆逐艦隊は、無傷ではいられませんでした。傷ついた艦艇をなんとかミッドウェイまで運ぼうと奮戦していました。途中、何度か敵の航空部隊に発見されましたが、運と海兵隊航空部隊に守られて、なんとかミッドウェイまでたどり着きました。

そこで蓮見大佐は、思い切った作戦を実行しました。傷ついた艦艇をミッドウェイの狭水道に沈めて、アメリカ軍の上陸部隊を足止めするための砲台として利用したのです。使えるものは何でも使う。蓮見マジックの炸裂ですね!(^^;
陋巷に在り〈4〉徒の巻 (新潮文庫)酒見賢一さんの「陋巷に在り」第4巻を読み終えました。今回は顔回は脇に回り、妤(よ)と五六、少正卯(しょうせいぼう)が顔儒の本拠地へと乗り込むお話でした。

前巻で、あれだけの死闘を繰り広げながら、子蓉(しよう)は陋巷にある顔回の家を訪れていました。しかし、あいにく顔回は留守で、顔回の父・顔路が子蓉の相手をすることになりました。下品でとぼけた感じの顔路には、さすがの子蓉も気をそらされて媚術を活かすことができません。

そこへ妤が顔を出しました。妤と対面した子蓉は、顔回を守る力を与えたのはこの娘だと気づきました。妤は単に子蓉の美しさに圧倒されていただけでしたが、そんな妤に子蓉は小さな鏡を与えました。その鏡には、恐るべき蠱術が仕込まれていたのですが、妤はその恐ろしさに気づきません。

妤の異変に気づいたのは、顔穆を失い自らの道に迷う五六でした。五六が妤を見つけたのは、各地からの旅人が集まる陋巷よりもいかがわしい場所でした。そこで妤は、男を誘惑するようなことをしていたのです。五六に救われた妤は、ときどき意識がなくなって知らないうちに出歩くことがあると話しました。それを知った五六は、妤を守ることにしたのでした。

しかし、子蓉の蠱術に操られた妤は、何度も五六の目をかいくぐってみせました。鏡のことは誰にも言ってはいけないと釘を刺された妤は、それを五六にも教えなかったのです。そんな妤のガードに、五六は苦心することになるのでした。

その頃、孔子はかねてからの謀略である、三桓家の3つの城を破壊する計略を実行しようとしていました。事前に季桓氏を動かしていたにも関わらず、3つの城の破壊が議題にあがると議論は紛糾しました。子服景伯の頑強な抵抗に、季桓氏も最初の勢いを失ってしまいました。孔子の謀略が敗れたかと思った時、それを後押しする行動に出たのは、なんと少正卯でした。孔子はそれは危険な道だと知りつつ、自らの謀略をすすめるために少正卯の協力を利用したのでした。

こうして3つの城の破壊が決定しました。しかし、いまだに費城を占拠している公山不狃(こうざんふちゅう)は、簡単にはその決定に同意できません。公山不狃の元を訪れた公伯寮は、先に他の城を破壊した上でなければ受け入れられないと、不狃は断固として譲りません。そんな公山不狃を動かしたのは、公伯寮に同行してきた少正卯の手下・悪悦でした。悪悦は、間違いなく他の城が先に壊されると断言しました。事前にそんな話は聞かされていなかった公伯寮は慌てますが、それを聞いてようやく公山不狃も納得したのでした。

そして悪悦の言葉通り、叔孫武叔(しゅくそんぶしゅく)の城である郈城(こうじょう)の破壊が開始されました。その先頭に立つのは、城の持ち主である武叔です。武叔は少正卯の術に操られて、自らの手で城を壊さずにはいられない精神状態に追い込まれていたのです。その日は雨が降っていましたが、武叔は全くかまわず破壊を強行するのでした。

その頃、少正卯は大胆不敵にも、顔儒の里である尼丘山を訪れていました。そこで少正卯は、太長老から秘礼とされる封の礼を得ようとしていたのです。封の礼とは、天子のみが行うことのできる礼であり、周の時代に行われたのを最後に、誰にも行われていません。それを顔儒が受け継いでいると、少正卯はみていたのです。

もちろん、太長老はそれを本当に知っていても知らなくても、それを少正卯に教える気はありません。あっさりと太長老の前から引き下がった少正卯に、顔儒が放った戦闘犬が襲いかかります。犬が相手では、少正卯は得意の言葉による術を使うことが出来ません。少正卯と犬たちとの戦いは、凄惨なものとなりました。急所は守ったものの、少正卯はこの戦いで大きな傷を負いました。しかし、常人ならば絶対に不可能な戦闘犬との戦いから、なんとか少正卯は生き延びたのです。

というわけで、今回は妤と子蓉の顔合わせと、子蓉が妤に仕掛けた恐るべき蠱術。妤と五六の思わぬつながり。少正卯が孔子に手を貸したことで、ついに実行される城の破壊。そして顔儒の里を訪れた少正卯の死闘と、読み応えのある内容でした。
平井和正さんの「地球樹の女神 Part 1」を再読しました。

「ボヘミアンガラス・ストリート」に今ひとつのめり込めなくて、平井和正さんの別作品に手を出すことにしました。
迷った末に選んだのは、「地球樹の女神」です。「ボヘミアンガラス・ストリート」以降の平井作品は、途中で挫折してばかりですが、この「地球樹の女神」は最後まで読み通しました。

主人公は、IQ400の天才少女・後藤由紀子と、桁外れの問題児・四騎忍です。
三星客船が建造した豪華客船サンライズ号が、海上で行方を絶ちました。懸命な捜索活動にも関わらず、サンライズ号がどうなったのか、その手がかりは全くありません。しかし後藤由紀子は、サンライズ号がどこにいるのか、独自の発明品を使って探知していたのでした。

そんな後藤由紀子を狙う謎の集団。そして後藤由紀子と四騎忍の周囲には、知性を持った観葉植物フィロデンドロン教授や、高校生ながら魔神のごとき柔道の達人である兄の机、妖しい魅力で周囲を翻弄する女教師・御子神真名、ごろつき新聞記者の荒気衛、学ランを着た美少女・禅鬼修羅など、一癖も二癖もある登場人物揃いです。

作品の元となったアイディアが、著者が中学生時代に書いた小説ということもあってか、作品全体にどこか中二病的な雰囲気がただよっています。(^^;
ラスト・ハルマゲドン・ストーリーという宣伝文句にひかれて初めて読んだ時は、真面目な作品なのかと思いましたが、突き抜けた設定や、ひたすら続く登場人物同士の掛け合いを読むと、コメディ作品なんじゃないかと思えます。(^^;

生徒会長として鏡明さんの名前も登場しますし、感覚的には著者の「超革命的中学生集団」+ハルマゲドンという、はちゃはちゃSF路線の作品だったのかなあ。

作品の内容自体は、それなりに(古さを感じながらも)面白かったですが、最初は角川書店から刊行された本作が、どうして徳間書店から続きを刊行することになったのか、その原因である文章の改ざんについての愚痴が巻末に延々と書かれているのにはげんなりしました。

改ざんが著者にとって大問題だということは理解しますが、それは著者と出版社の問題であり、読者としては作品の面白さがすべてであり、どうでもいい話です。
激闘 東太平洋海戦〈1〉―覇者の戦塵1943 (C・NOVELS)谷甲州さんの覇者の戦塵シリーズ第12作、「覇者の戦塵 激闘 東太平洋海戦(1)」を読み終えました。

今作の舞台は、再び東太平洋です。哨戒中の伊一六八潜水艦が、アメリカ軍の機動部隊らしき動きをつかんだところから物語は始まります。開戦初期の日本軍の攻撃で、アメリカの太平洋艦隊は大きな打撃を受けましたが、ついに反撃に出ようとしています。

伊一六八潜はその後も敵の動きを探りますが、米機動部隊の動きがなかなか読めません。苦闘の末に、ようやく空母らしき船影を捕らえた伊一六八潜は、その船に魚雷攻撃を仕掛けるのでした。

その頃、陸軍の試作偵察爆撃機・キ74特号機と共に、宮下大尉、坂田中尉、江住技師がミッドウェイに向かっていました。彼らは陸海軍+海兵隊の合同作戦に協力するために、はるばる満州からミッドウェイまで進出してきたのでした。キ74特号は、1万メートルを超える高高度での行動が可能な機体でした。とはいえ、今の段階ではまだ試作機であり、今回はその問題点を発見することも目的の1つです。

ミッドウェイには、同じ陸軍から三八戦隊の屠龍も進出してきていました。しかし屠龍を操る加納中尉と武嶋軍曹は、混乱する指揮系統に振り回されることになりました。海軍と海兵隊の確執が、戦闘指揮を混乱させていたのです。業を煮やした加納中尉は、海兵隊司令官の蓮見大佐と出会いました。それで加納中尉は、ようやく事情を察したのでした。

その頃、トラック環礁にある日本軍の第三艦隊は、決断を迫られていました。米軍の機動部隊が動き出したことを知った第三艦隊は、ミッドウェイ方面とギルバート諸島方面の2つの侵攻ルートを想定しました。しかし、どちらに向かうべきかを決める決定的な情報が入手できないのです。

第三艦隊の司令長官である南雲中将は、通信参謀である野上少佐を密かに呼び出しました。南雲中将は、日本軍の暗号が米軍に解読されている可能性を問いました。以前はその可能性はないと断言した野上少佐でしたが、今回はその可能性はあると答えます。それを聞いた南雲中将は、第三艦隊の無線を封止して艦隊をミッドウェイに向けたのでした。

ミッドウェイは連日、米軍機の爆撃を受けながらも迎撃作戦を継続していました。戦いの中、撃墜した米軍機から回収された装置を、江住技師は調べることになりました。それは電波源を探知して、爆撃を誘導するための装置でした。どうやら米軍は、本格的な戦いの前に日本軍の電探施設を徹底的に破壊しようとしているようです。

一方、日本軍もこの激戦に合わせて、新たな新兵器を投入していました。多知川少佐を中心に開発が進められていた、射撃管制用の電探が戦場に導入されていたのです。持ち込まれた試作品は限られていましたが、それでもその試作品を使った攻撃は、これまでの戦いではあり得ないほどの戦果を上げていました。

そして、いよいよ東太平洋を舞台に、日米の激しい戦いが再び始まろうとしています。その戦いで大きな意味を持ってきそうなのは、電探です。戦いの勝敗を決するのは、人間の技量以上に、電子兵器の性能という時代に突入していたのです。
国力・技術開発力で劣る日本は、どれだけアメリカに対抗できるのでしょうか。

というわけで、再びミッドウェイを舞台に激闘が始まろうとしています。蓮見大佐も登場しましたが、今までよりもおとなしく^^;、本格的な戦い前の前哨戦を描きつつ、技術的な視点も多かったので満足できる内容でした。
陋巷に在り (3) (新潮文庫)酒見賢一さんの「陋巷に在り」第3巻を読み終えました。今回は、ついに顔回と子蓉(しよう)が直接対決することになります!

孔子は、前巻での少正卯(しょうせいぼう)屋敷の家宅捜査失敗の責任を取って、自ら自宅に蟄居しています。そのおかげで、ようやく子貢(しこう)は孔子と顔を合わせることができました。しかし子蓉の媚術に取り込まれた子貢は、それでも彼女の元に通うのをやめることができません。

その頃、顔回は子貢と共に子蓉の元を訪れた冉伯牛の元を訪れていました。どのような巫術を仕掛けられたのか、伯牛は酷い病に冒されていました。そればかりか、その家全体にもその悪影響が及んでいたのでした。顔回は、伯牛家の竈神の力を借りて、それらを祓いました。しかし、伯牛はそれ以外にも、直接体の中に何か術を施されているらしく、顔回の力でもそれ以上の回復は望めそうにありません。

そして顔回は、ついに自らが直接少正卯の屋敷に乗り込むことを決意します。子蓉の魅力の虜になり、いっこうに帰ってこない子貢の奪還と、伯牛に施された術の解呪方法を聞き出そうというのです。屋敷に乗り込むにあたり、顔回は妤(よ)の髪の毛を持参しました。妤は巫子ではありませんが、普通の人には見ることができない使鬼を見ることができますし、巫女としての素質は十分に持っているようです。

顔回がやって来たことを知って、子蓉はうれしくてなりません。自らの魅力に惹かれて、顔回がやって来たのだと子蓉は思い込んでいたのでした。そんな子蓉を、兄の悪悦は止めようとしますが、子蓉の恐るべき力は悪悦をも越えていました。

こうして顔回は、子蓉と対面することになりました。何重にも張り巡らされた媚術の罠に、顔回は何度も落ちそうになりました。しかし、ギリギリのところで顔回は踏みとどまることができました。それは妤の髪の毛に、それだけの力があったからでした。どんなに秘術を尽くしても、顔回が落ちないことが子蓉には信じられません。そして、それは強力な力を持った髪の毛のせいだと子蓉は知りました。

屋敷から帰ろうとする顔回を、悪悦が呼び止めました。悪悦は顔回と戦うことを決意していました。しかし、それを少正卯が止めました。悪悦が顔回に執着している間に、少正卯の屋敷の周囲は顔氏の術者に囲まれていたのです。いつもの悪悦なら、それにすぐ気づかないはずがありません。そんな悪悦を、少正卯はたしなめたのでした。

こうして顔回は、無事に少正卯の屋敷から帰還することができました。悪悦や子蓉も恐ろしい存在ですが、それ以上に少正卯という存在が不気味です。彼は孔子が、三桓家の壊滅を目指していることを知っています。しかし、少正卯はそれを阻止しようとは思っていません。逆に孔子に手を貸すことすら、少正卯は考えています。彼はいったい何を目的に行動しているのでしょうか!?

少正卯は、孔子の勢力を利用するために、門下の公伯寮(こうはくりょう)を取り込みました。公伯寮は、同門の子路の方が孔子に信頼されていることを不満に思っていました。そのわずかな隙を、少正卯に狙われました。そして今では、公伯寮は完全に媚術の虜になっています。少正卯は、公伯寮に何かをさせるつもりのようですが、それは失敗してもかまわない程度の作戦らしいです。つくづく少正卯は、底の見えない恐ろしい人だと思いました。

顔回との戦いに敗れた後、子蓉は夜な夜な出歩いていました。なんと彼女は、顔氏が少正卯の情報を探るために派遣した、巫術者たちを次々と殺していたのです。そして、そんな子蓉と顔氏の太長老の守り人である顔穆とが対決することになってしまいました。老練な技を持つ顔穆でしたが、子蓉の恐るべき媚術はその顔穆の力すら越えていました。

子蓉との戦いで致命傷を負った顔穆は、孔子の屋敷の門前で息絶えました。顔穆は、孔子の母である徴在(ちょうざい)へのかなわなかった恋を抱えていたのです。彼が孔子に対して、どこか突き放した態度を取ってしまうのも、それが原因でした。そんな顔穆は、最後に自らの屍を孔子の前にさらすことで、孔子に何を伝えたかったのでしょうか。

というわけで、3巻は顔回と子蓉との緊迫感のある戦い、謎の多い少正卯の暗躍、顔回の守り人である五六の師でもある、顔穆の思いがけない死と、読み応えのある内容でした。