日々の記録

アニメと読書の感想をメインにしたブログです。 ☆ゆるゆるっと更新中です☆


キマイラ12 曼陀羅変 (朝日ノベルズ)夢枕獏さんのキマイラ・シリーズ第12巻、「キマイラ 12 曼陀羅変」を読み終えました。

パワーダウンが著しいキマイラ・シリーズですが、やはり新作が出ると気になるので読んでしまいます。(^^;

物語は、九十九三蔵と久鬼麗一が西城学園に入学したばかりの頃のお話です。この頃、既に久鬼麗一は自分の本当の父が玄造ではないこと、自分の母が心を病んで鎌倉で療養生活をしていること、後の大鳳吼となる弟がいることなどを知っていました。凄まじい美貌の持ち主でクールだけれど、唯一心を開いてみせるのは九十九三蔵だけ。でも、大鳳と初めて出会った時のような凄みはまだ感じられません。

この巻で2人以外にスポットが当たったのが、やがて空手部の主将になる阿久津でした。後の阿久津は、腹の据わった人物という印象ですが、この時は体は大きいけれど気の弱い少年で、中学時代には同級生から嫌がらせを受けたりもしていました。そんな阿久津が、西城学園に入学して空手部に入部したことで変わっていきます。

そんな中、西城学園には「もののかい」と呼ばれる謎の組織があるらしいことがわかってきます。その組織の思惑によって、柔道部や剣道部、相撲部は廃部となり、残ったのは空手部だけです。そんな空手部を支配するのが、3年で主将の黒堂、青柴とマネージャー的な役割の赤城と黄奈志、やがて阿久津が慕うようになる2年の白井と、五行思想を思わせるような登場人物たち。

久鬼麗一と九十九三蔵は、そんな空手部とは無関係の存在でした。ところが、夏休みに2人が箱根にある久鬼の別荘を訪れたことが原因で、同じく箱根で合宿を行っていた空手部の問題に関わることになってしまいました。

空手部の合宿は、普通では考えられない異常なものでした。単に練習が厳しいのではなく、わざとメンバーの中から脱落者を出して、"狩り"と称してそのメンバーを他の者が捕まえるのです。捕まった者がその後どうなったのか、阿久津たちには知らされません。そして、毎日この狩りが繰り返されるのです。

中学時代に阿久津をいじめていた竹村という少年は、粗暴な性格から最初は狩りを楽しむ側にまわります。しかし、状況のあまりの異常さに、阿久津を仲間に引き込んで、黒堂たちから空手部の支配権を奪い取ろうと目論みます。

しかし黒堂は、そんな竹村の目論見を遙かに超えた恐るべき存在でした。逃げ出した竹村は、久鬼の別荘の存在を知ってやって来ます。また、空手部の異常な状況を知った九十九は独自に合宿先を調べようとします。

そして自分の強さに自信を持ち始めた阿久津は、真相を知るために行動を開始しました。しかし、事態は阿久津の想像を超えたものでした。事件の背後にいるのは、どうやら吸血鬼の一団のようです。真相に触れた阿久津は、彼らの仲間に加えられそうになりますが、駆けつけた白井に救われました。

しかし、逃げようとする彼ら2人の前には、黒堂が立ちふさがります。白井が黒堂に痛めつけられる中、黄奈志に招かれた久鬼と竹村、安室由魅が合宿所に到着します。そして九十九もまた、そこに姿を現しました。九十九は黒堂と戦う気満々ですが、なんとその激闘は12巻では描かれませんでした。(;_;)

というわけで、今回はどこまで物語が進むのかと思いきや、いきなり時間をさかのぼって、久鬼麗一と九十九三蔵の過去が描かれました。2人の過去はそれなりに興味はありますが、外伝的な内容だったことにがっかりしました。
現在も継続的に作品は書き続けられているようですが、シリーズの迷走ぶりに悲しくなりました。
人生の段階 (新潮クレスト・ブックス)新潮クレストの新刊、ジュリアン・バーンズの「人生の階段」を読み終えました。

この本は、まず表紙の真っ赤な気球が目にとまりました。カバーの紹介を読むと、愛する奥さんを亡くした作家の回想録らしいです。

ところが、第1部の「高さの罪」を読み始めると、そこで描かれているのは気球の歴史と気球から撮影された神瞰図のような写真についてでした。不思議に思いながら読み進めると、第2部の「地表で」は、第1部に登場した軍人バーナビーと女優ベルナールの恋物語が描かれます。第1部が歴史的な出来事を描いたものだったので、第2部も本当にあったことなのかと思ったら、こちらはバーンズの空想による小説だと「あとがき」を読んでようやく理解しました。

そして第3部「深さの喪失」で、バーンズの亡き妻への思いと、妻を失った後の様々な思索が語られていきます。
この3部を読んで、ようやく第1部と第2部とのつながりが見えてきました。妻と過ごした日々は、気球で天に昇っていたような幸福に包まれています。それがある日、妻の死という出来事により地上へと墜落してしまいます。

どのパートも、1つのまとまったストーリーというより、大きなストーリーの中から慎重に抜き取られたストーリーの断片で構成されている感じです。そのため人物の視点や時代、場所を自由に飛び回ります。読み始めた最初は、この構成に戸惑いましたが、読み進めるにつれて、こういった手法も面白いと思うようになりました。
さまよえる湖〈上〉 (岩波文庫)ヘディンの「さまよえる湖(上)」を読み終えました。

ヘディンの名前は、タクラマカン砂漠の探検記を子供の頃に読んで知りました。そこで紹介されていた、"さまよえる湖"という言葉がずっと印象に残っていました。それ以来ヘディンことはずっと忘れていたのですが、先日たまたま岩波文庫にヘディンの「さまよえる湖」が上下2分冊で刊行されていることを知り、読んでみたくなりました。

ヘディンは自ら提唱した「さまよえる湖説」を立証するために、中国奥地へと赴きました。この本では、その探検の様子が克明に記録されています。旅の準備から始まり、調査を進めつつヘディンたちは前進します。ヘディンの文章だけでも、読んでいて想像力をかき立てられますが、それ加えてこの本にはヘディンの描いた多くのスケッチや写真が収録されていて、自分もその場にいて一緒に探検しているような気分を味わえました。(^^)

探検の途中で、ヘディンたちは遺跡の発掘も行います。手厚く葬られた王女の亡骸を発掘したヘディンは、彼女がどんな生涯を送ったのか思いをはせたり、長き時を経て亡骸が星空に照らされる様子を描写したりします。冷静沈着に目的に向かいながらも、ロマンチストな一面も併せ持つヘディンの人柄の深さが感じられました。

上巻は、ヘディンたちが幻の湖ロプ・ノールへと続く水路を探す旅がメインでしたが、下巻ではどんな発見が待っているのか、続きを読むのが楽しみです。
青空文庫に収録されている、富田倫生さんの「パソコン創世記」を読み終えました。

この本では、トランジスタの誕生から始まり、メーカーが模索しながらのマイコン・キットの販売、さらに自分で組み立てて使うマシンから、あらかじめ完成されたパソコンとしての販売の歴史が語られています。この本の最大のポイントは、日本でのパソコン普及の歴史に絞り込んで、その歴史が記録されていることです。

最初はマニアのおもちゃとしか見なされなかったマイコンが、やがてビジネスの道具として認識されるようになっていく過程が、とても興味深くて面白かったです。IBM PC互換機という路線で拡大するアメリカに対して、日本では日本語処理の問題から、PC98という独自の進化を遂げたマシンが普及していきます。

そしてシステムの根幹も、BASICを基本としたものから、CP/MやMS-DOS、そしてMacintoshやWindowsといったGUI主体のシステムへと発展していく流れ。それにまつわる様々なエピソードが、本当に面白かったです。

私自身は、MS-DOSの時代から本格的にパソコンに触れるようになりましたが、その当時は何かトラブルがあってもネットで簡単に検索というわけにはいかなかったので、問題を解決するまでに本当に苦労しました。(^^;
でも、いろいろと苦労や失敗をしたおかげで、様々なことを学ぶことができました。そして、何日間も悩んだトラブルが、試行錯誤の結果きちんと動くようになった時は、本当にうれしかったです。

思えば、この試行錯誤してうまくいった時の喜びを知ったこと。それが、私がパソコンにのめり込むきっかけになったのだと思います。

本の感想から脱線してしまいましたが、この本を読んだことで自分の原点を再確認できた気がしました。(^^)
現場のプロが本気で教える HTML/CSSデザイン講義 (Design & IDEA)「現場のプロが本気で教える HTML/CSSデザイン講義」を実習してみました。

お仕事がらみでHTML&CSSに触れることがあるのですが、古いサイトの改修をしようとCSSファイルをのぞいたら、修正に合わせて場当たり的に対処してきたらしく、CSSが複雑怪奇な迷路のようになっていて頭を抱えました。(^^;

なんとかもう少し把握しやすくできないかと思っていた時、偶然この本と出会いました。そのおかげで、CSS設計について自分なりに整理することができました。

この本では、実際に手を動かしてHTMLやCSSを作成しながら、サイト設計の基本を学んでいきます。その過程で大きな役割を果たすのが、SassとGulpです。Sassは前に少しだけ触ったことがありましたが、Gulpは名前だけは知っていたものの、これまで触れる機会がありませんでした。

Gulpを起動しておけば、ファイルを修正すると同時に必要なファイルが作成されて、ブラウザがリロードされて修正内容が確認できるのは便利ですね!(^^)

Node.jsは、前にjavascriptのコード補完をemacsでしたくて、ternというツールを導入した時にインストールしていました。その後、javascriptを触る機会も減り、そのまま使わなくなっていました。(^^;

本の対象は、全くの初心者向けではなく、ある程度HTMLやCSSを理解している人です。実習では、従来のfloatを使ったレイアウトではなく、CSS3から導入されたFlex boxを使ってレイアウトを組み上げていきます。ブラウザの対応状況は大丈夫なのかと心配になりましたが、最近のPCやスマホに搭載されているブラウザなら、ほぼ問題なく利用することができるようですね。古いブラウザのサポートが不要なら、積極的に使ってみるのもいいかもしれませんね。

それほど難しい内容ではなかったので、1週間ほどで実習を完了しました。実習を終えての感想は、伝えようとしている内容はとてもいいのに、実習内容の記述に誤りが多いのが残念でした。
テキスト通りにサイトが表示されなかった時、自分の誤入力が原因でうまくいかないのか、本の記述が間違っているのか、それを確認するのに一番時間を取られました。

この部分で大きく損をしていますが、それでもこの本を読んだおかげで、作業を効率化する方法を以前よりも検討するようになりました。この本のメインはCSS設計の効率化でしたが、HTML作成の効率化のために、テンプレートエンジンのslimというツールを試してみたのは、思わぬ収穫でした。(^^)
インドなんて二度と行くか!ボケ!!―…でもまた行きたいかも (アルファポリス文庫)さくら剛さんの「インドなんて二度と行くか!ボケ!!…でもまた行きたいかも」を読み終えました。

先に「アフリカなんて…」を読みましたが、その中でも言及されている最初のインド旅行のことが気になって、この本を読みました。

著者が同じなので当たり前ですが、ノリは「アフリカなんて…」と同じですね。でも「アフリカなんて…」と比べると、この本の方が文体に初々しさを感じました。(^^;

この本で描かれる、インドの真実(?)が凄まじいです。野良犬や野良猫でなく、当たり前のように野良牛がいたり^^;、旅行者と見るや、あの手この手で物を売りつけようとしたり、少しでも高く料金を請求しようとしたり・・・。
それに対して著者が怒りまくってしまうのに共感しつつ、あらゆる手段を使わなければ生き延びることさえ困難な、インドの貧困の現実が心に残りました。日本に暮らしている私たちは、なんと恵まれているのかと痛感しました。

それにしても、さんざんな思いをしたはずなのに、そのあと再びインドを訪れる著者も凄いですね。(^^;
Papa told me Cocohana Ver.5 ~いつも旅行中~ (マーガレットコミックス)榛野なな恵さんの「Papa told me Cocohana ver.5 〜いつも旅行中〜」を読み終えました。

2月末の発売日に購入したのに、気に入ったところを読み返しつつ読んでいたら、読み終えるまでに1ヶ月以上かかってました。(^^;
今回も11作の短編が収録されていました。その中では、「ポエティックライセンス」「サマーホームワーク」「フォギーデイ」「サンタステーション」の4作が特に心に残りました。

特に心ひかれたのが、1人で生きようと心に決めている女性を描いた「ポエティックライセンス」でした。職場の同僚たちが結婚相手探しに夢中な中、主人公の女性は誰にも邪魔されない、1人だけの生き方を選んでいます。しかし、周囲にはそれを理解できる人はいません。

ドールハウス用の小さな小さな本に書かれていた、アレキサンダー・ポープの詩に彼女は深く共感します。
その部分を引用すると・・・

 「夜はぐっすりとよく眠ろう
  優しく心地よく
  学びそしてくつろぎ
  さまざまな思いにひたる
  無邪気な時
  それが何よりの喜びだ」

 「こんな風にひとりで生きたいんだ
  誰の目にも触れず 誰に知られることも無く
  そして誰にも悲しまれること無く死にたい
  世界からこっそりと消え去りたい
  眠る場所を告げる石だって要りはしないさ」

 この詩の内容に、私も深く共感しました。ポープの他の詩も読んでみたいなあと思ったら、なんとポープの詩集は日本語訳された本が入手できない状況でした。(;_;)
 英語版なら、Kindle本として無料で手に入れることができますが、私の英語力ではおおざっぱな意味を把握するのが精一杯で、とても榛野さんが翻訳されたような素敵な言葉として味わうことはできませんでした。(涙)

「サマーホームワーク」は、いつの間にか父親と疎遠になってしまった女性が、自分から一歩父親の方に歩み寄ってみようと思うまでの物語です。誰かと分かり合おうとするなら、自分がまず相手を理解しようと思うことが第一歩だと気づかせてくれるお話でした。

「フォギーデー」は、若くして無名のまま亡くなった画家にまつわるファンタジックなお話です。貧しい画家の青年の元に、とある黒猫がやって来ます。その黒猫が語る、ちょっと悲しくて不思議なお話でした。

「サンタステーション」は、両親が離婚して今はすぐに再婚したお父さんの家族と一緒に暮らしている女子中学生の物語です。女の子はお母さんのことが大好きなのに、周囲はみんなお母さんの悪口を言います。そんな悲しみを抱えた女の子に、クリスマスにサンタからのちょっとしたプレゼントが。世界中のささやかな幸福を願う最後の余韻が、とても素敵なお話でした。(^^)
グラフィックデザイン基礎講座-プロの現場のノウハウが全て学べるデザインの基礎を復習するために、読んでみました。

大きく6つに分かれた構成で、Part1でデザインの要素、Part2でデザインの構造と効果、Part3で構成の演習、Part4で文字を使った演習、Part5で図形と配色、Part6で実習例の紹介がされています。

Part1とPart2は、デザインの基本の確認といった感じでした。Part3〜Part5の演習例が個人的にはとても参考になりました。仕事で何か作る時、情報のグループ化がマンネリになりがちだと感じていたので、この本で紹介された例を見て、こういう方法もあるのかと勉強になりました。

Part6の実習例は、パンフレットやラベル、雑誌や書籍の制作工程が紹介されていました。制作の工程は参考になりましたが、例として紹介されたほどのものは作成していないので^^;、今の私には今ひとつぴんときませんでした。

本の内容としては、既に知っていることも多かったですが、知っているのと実践できるのはまた別だなあと痛感しました。
第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)アゴタ・クリストフさんの「ふたりの証拠」の続編、「第三の嘘」を読み終えました。この3作目で、「悪童日記」から始まるシリーズが一応完結します。

前2作と同様、何が真実で何が偽りなのか、不安定に揺らめきながら物語は進みます。そして、最終的にすべての真相らしきものが明らかになります。・・・でも、この結末はちょっと不満かも。(^^;

ネタバレになるので作品の詳細には触れませんが、「ふたりの証拠」がリュカの物語なら、「第三の嘘」はクラウスの物語といえます。第1部と第2部の間に、ちょっとした仕掛けがあってその部分は面白かったのですが、最終的に明かされた真相が意外とありきたりで、ちょっと期待外れな感じでした。

この作品でも、現実と夢が交錯するような不思議な雰囲気は健在ですが、下手に種明かしをせず、どこまでも不思議な物語であって欲しかった気がしました。
ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)アゴタ・クリストフさんの「悪童日記」の続編、「ふたりの証拠」を読み終えました。

「悪童日記」のラストで、それまで常に一緒にいた"ぼくら"は、1人は小さな町に残り、もう1人は町を出て外の世界へと向かいました。前作では、登場人物の名前は不明でしたが、この作品では"ぼくら"の名前も明らかになります。

小さな町に残ったのは、リュカという少年です。1人になっても、リュカは祖母の家で今までと同様の暮らしを続けます。しかし、やがてそこにも変化が訪れます。実の父の子供をはらんでしまったヤスミーヌとの出会い。そして、ヤスミーヌの子供で障害のあるマティアスとの共同生活。しかしヤスミーヌは、やがてマティアスを残して、大きな町へと行ってしまいます。

そしてリュカは、小さな町にある図書館の司書クララとの出会います。彼女は発禁処分される本を密かに自宅に持ち帰り、読んでいます。クララにまとわりついたリュカは、やがてクララと関係を持つようになります。そしてクララの夫が、無実の罪で殺されたことを知ります。

前作でも"ぼくら"がノートや鉛筆を買いに出かけた本屋のヴィクトールは、リュカにお店を売って1冊の本を書き上げるために、故郷の姉と一緒に暮らし始めます。しかし、本を書くのに没頭できるはずのヴィクトールは、やがて破滅的な死を迎えることになります。

本屋に住むようになったリュカは、マティアスを学校へと通わせます。しかし学校では、マティアスは障害による醜さから、他の子供たちのいじめの対象となります。しかし、どんなに痛めつけられても、マティアスは学校に行くことをやめようとはしません。ところが、リュカの前に美しい少年が現れた時、リュカの心がその子に奪われたと思い込んだマティアスは自ら死を選びます。

そして、ここで唐突に物語の視点が変わります。小さな町から出て行ったもう1人の少年、クラウスが町に帰ってきたのです。しかし、クラウスが帰ってきた時、そこにリュカの姿はありませんでした。そればかりか、リュカが本当に実在したのか、本当はクラウスこそがリュカなのではないかという疑問が生まれます。

前作にも驚かされましたが、この作品にはさらに驚かされました。前作とは違い、この作品では、"ぼくら"に名前が与えられました。しかし、最後まで読み進むと、本当にリュカが存在したのか、リュカは実はクラウスの作り出した幻ではないかという疑問が生まれます。そして1人の人間が確かに実在するとはどういうことか、深く考えさせられました。
大事なことに集中する―――気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法気が散るものが多い中、どうやって生産性を高める方法を紹介した本です。

まず著者は仕事を、深い集中力を必要とするディープ・ワークと、注意力を必要としない補助的な仕事シャロー・ワークに分類しています。その上で、第1部では本当に生産的な仕事はディープ・ワークをしなければできないことを説明していきます。

第2部からは、その実践テクニックが紹介されます。個人的に興味深かったのは・・・

・ディープ・ワークに入る時間や場所を限定して、儀式化してリズムを作り出すこと。
・SNSは、それが本当に自分にとって有益なのか、貴重な時間を奪っていないか常に意識する。
・1日の予定をブロック単位でノートにまとめ、ディープ・ワークの時間を確保する。
・全ての活動の優先度を考慮する。
・ディープ・ワーク中の集中を乱されないために、連絡の取りにくい人になる。

・・・などでした。

この本を読んでいて気づいたのは、現在仕事で使っている自作ツールのほとんどが、あらかじめ予定を決めてプログラミングに取り組んでいた時期に作られたものだということでした。諸般の事情で、このところその時間が確保できていないのですが、新しいプログラミング言語に挑戦しては中途半端で学習を投げ出し、自分の生産性を向上させるツール作りができていないことに愕然としました。(^^;

この本を参考にしつつ、限られた自分の時間をもっと有意義に使えるように、改善していきたいと思いました。
アフリカなんて二度と思い出したくないわっ!アホ!!―…でも、やっぱり好き(泣)。 (幻冬舎文庫)さくら剛さんの「アフリカなんて二度と思い出したくないわっ!アホ!!…でも、やっぱり好き(泣)。」を読み終えました。

先に読んだ「アフリカなんて二度と行くか…」がアフリカ大陸を縦断と言いながら、大陸の半分くらいまで進んだところで終わっていて「あれ!?」と思ったら、その続きは別の本として発売されていたのでした。(^^; 元々の単行本では1冊にまとめられていたようですが、文庫化にあたり内容が分割されたみたいです。

「さくら通信」を聴いていると、汚いトイレについての話が時々あるのですが^^;(正直、聴いていてゲロゲロとなります)、アフリカ大陸縦断の旅の後半では、トイレネタが炸裂していました!(^^;
特にエチオピアのトイレ事情は、かなり凄まじいものでした。これから食事をしようという前には、この本は読みたくないなと固く決意したほどです。

そして旅は、エチオピアからスーダンへと移ります。ここで著者は、年下なのに著者よりもたくましくしっかりしている青年と出会ったり、エチオピアでの反動から食べたステーキが原因で食中毒になったり、相変わらずなとほほな日々を送っています。

さらにスーダンから、エジプトそしてアフリカを抜けて、イスラエルへと入ります。この間に、著者は何人かのアラブ人と知り合うことになりますが、なんだかよくわからない不審者のような著者も、彼らは温かく受け入れようとしてくれます。
そして、イスラエルで知ったパレスチナ人の死と隣り合わせの生活。著者の出会ったパレスチナ人がいい人ばかりだったせいか、イスラエル兵の横暴さ残虐さが際立っていました。

歴史的な経緯と政治的な都合。そしてテロとの戦いを名目にした殺人。この混沌とした悲惨な状況を解決する方法はないのかと、本を読んでいて心が痛くなりました。(;_;)

というわけで、基本はお笑い路線の旅行記ですが、最後にイスラエルの話があったことで、平和な日常の外側にあるものについて、考えさせられました。
アフリカなんて二度と行くか!ボケ!!―…でも、愛してる(涙)。 (幻冬舎文庫)さくら剛さんの「アフリカなんて二度と行くか!ボケ!!…でも、愛してる(涙)。」を読み終えました。

著者はこの本以前にも、「インドなんて二度と行くか!ボケ!!」なども書かれていることは知っていました。(^^;
かなり前から、その本のことは知っていたのですが、なんだかはっちゃけすぎた内容だったので、著者の本は今まで読まずに来ました。

ところが最近、著者が放送しているPodcast「さくら通信」を知りました。そのPodcastは、可愛い女の子が描かれたイメージ画が掲載されていたので、萌え系のPodcastだと思って今まで聴いたことがありませんでした。(^^;

それがふとした偶然から、たまたまこのPodcastを聴いたら、さくら剛さんとトリカゴ放送の山本さんの掛け合いが絶妙で、聴きながら大笑いしてしまいました。それを踏まえて、さくら剛さんの本を読んでみたら、本の内容が著者の語り口で脳内再生されて^^;、かなり笑えることに気がつきました。

そうして手に取ったのが、この「アフリカなんて二度と行くか!ボケ!!」でした。本の内容は、付き合っていた(?)彼女が中国に留学することになり、それを追いかけるように著者も中国行きを決意しました。まっすぐ中国を目指せばいいものの、何を血迷ったのか著者は一番遠い陸路を経由して中国に行こうとするのでした。(^^;

そして気がつけば、著者は南アフリカ共和国にいたのでした。普通の人にとっても過酷な旅でしょうが、ひきこもりでインドア派の著者にとって、アフリカを縦断するのは苦行以外の何者でもありません。いきなり所持金を盗まれたり、野獣がいっぱいのサファリツアーに参加してみたり、とんでもない行程がそこには待っていたのでした。

大笑いして読みつつ、強盗・殺人は日常茶飯事なこの旅から生きて帰還しただけでも、著者は実は凄い人なんじゃないかと思いました。(^^;
終りなき戦い (ハヤカワ文庫 SF (634))ジョー・ホールドマンの「終りなき戦い」を読み終えました。

宇宙へと進出した人類は、コラプサー・ジャンプと呼ばれる航法を手に入れました。それにより、人類はより広く宇宙に進出していくことになりました。ところが、その過程で人類はトーランと呼ばれる謎の異星人と遭遇しました。こうして人類とトーランとの、長い戦いが始まったのです。

物語の主人公は、マンデラという青年です。彼はIQの高さや運動能力の高さから軍に選抜されて、トーランと戦うためのエリート部隊へと編入されることになりました。過酷な訓練を経て、マンデラたちはついにトーランと遭遇します。そこで彼らは、激しい戦いを繰り広げるのでした。

物語の最初では二等兵だったマンデラですが、物語が進むにつれて軍曹、少尉、少佐へと昇進していくことになります。
彼の主観時間では数年の出来事ですが、ウラシマ効果の影響でマンデラは若いのに、地球では何十年、何百年と経過しています。その過程で、地球に住む人々の価値観も様々に変化しています。人口制限のために、同性愛こそが正常で異性愛は問題がある世界になっていたり・・・。(^^;

この物語で独特なのは、マンデラたちの敵であるトーランの描写が異常に少ないことです。彼らが何を考え、何を目的として戦いを挑んでくるのか、マンデラだけでなく読者にもわからないのです。そして過酷な任務を終えて帰還すると、故郷はマンデラたちが知る世界とは異なる場所になっています。

未来に本当にこんな世界が訪れるのかわかりませんが、作品を読んでいる間ずっと戦うことの空しさを感じました。
ビブリア古書堂の事件手帖7 ~栞子さんと果てない舞台~ (メディアワークス文庫)ビブリア古書堂シリーズの第7巻、「ビブリア古書堂の事件手帖 〜 栞子さんと果てのない舞台 〜」を読み終えました。

6巻までと比べると、刊行までに時間がかかった7巻でしたが、この7巻でついに物語が完結しました。

今回のメインは、シェイクスピアのファースト・フォリオです。そして、栞子さんと大輔の家系にまつわる問題。栞子さんと母の智恵子との対決。さらに、智恵子の父にあたる久我山尚大の弟子であった、老獪な古物商の吉原喜市の暗躍と、物語のスケールが一気に広がった感じでした。

話の発端となった、第1章の謎解きは簡単なものでしたが、第2章から第3章へと続く、シェイクスピアのファースト・フォリオを扱った駆け引きは、なかなか面白かったです。そして、伸ばし伸ばしになっていた栞子さんと大輔の関係も、ようやくおさまるべきところに・・・。

6巻を読み終えたのが2年以上前だったので、今巻の冒頭に登場人物紹介と家系図が掲載されていたのはありがたかったです。これがなかったら、複雑な人間関係を思い出せなかったかも。(^^;

物語本編はおおむね楽しめましたが、最後に1つ気になったのは、突然姿を消した志田さんがどこで何をしていたのかということです。6巻までの内容を詳しく覚えていれば、想像がついたのかもしれませんが、一度読んだきりの小説の詳細まで覚えていられません。(^^;
悪童日記 (ハヤカワepi文庫)アゴタ・クリストフさんの「悪童日記」を読み終えました。

戦争が激しくなり、双子の「ぼくら」は母方のお祖母さんの家で暮らすことになりました。お祖母さんは自分を見捨てるように去った娘が、双子を連れてきたことを喜びません。そればかりか、お祖母さんは自分の夫を毒殺した疑いがあり、同じ町に住む人々からは「魔女」と呼ばれていたのでした。

お祖母さんは、「ぼくら」に対して愛情を示しません。彼らが自分の言いつけどおり働かなければ、食べ物さえ与えません。閉鎖的な小さな町の中で、「ぼくら」は生き抜くためにさまざまな知恵を身につけていくことになるのでした。その様子が子供向けの物語のような語り口で、淡々と描かれていきます。

「ぼくら」の側にいるのは、どこか壊れてしまったような人たちばかりです。そして、戦争はさらに拡大して特定の人種の差別や虐殺が行われます。その様子も、「ぼくら」は淡々と書き留めます。やがて戦争は終わりますが、その後にやって来たのは、戦争の時と変わらぬ過酷な現実でした。

そして物語は、双子の1人が別の世界へと旅立つところで終わります。それまでずっと一緒だった双子が、分かれて生きることを決意したのはなぜなのか。余韻はあるけれど、不思議な物語の結末でした。
この物語には、2冊の続編があるようなので、そこで理由が明かされることになるのでしょうか!?

作品の雰囲気は童話的ですが、そこで描かれているのはとても残酷です。双子と東欧が舞台らしい物語ということで、浦沢直樹さんの漫画「MONSTER」を思い出しました。

読んでいて1つだけ気になったのは、作中に翻訳者の余計な訳注が数多く入っていることでした。こういった読み解きは、読者それぞれが行えばいいことで、訳注として本文に埋め込む意味はないと思いました。
著者があえて、国名などを具体的に示さないことで描いたことを、台無しにしてしまっていると思いました。
エンダーのゲーム (ハヤカワ文庫 SF (746))オースン・スコット・カードの「エンダーのゲーム」を読み終えました。

地球は昆虫型の異星人バガーの侵攻を受けました。2回に渡るその進撃を、なんとか撃退した人類でしたが、3回目の攻撃に備えて、優秀な司令官を育成しようとしていました。

物語の主人公は、エンダーという少年です。この時代、地球では出産制限が行われていて、通常は2人までしか子供を持つことができません。しかし、エンダーの家系の遺伝子が有望であると認められ、特例として3人目の子供としてエンダーは生まれたのでした。そのことから、スクールではエンダーは"サード"と呼ばれて差別されていました。

エンダーには4つ年上の兄ピーターと、2つ年上の姉ヴァレンタインがいました。ピーターは自分が早々と適正なしと判断されて、司令官への道を閉ざされたことでエンダーを憎んでいました。対照的に姉のヴァレンタインは、何かとエンダーを気遣う存在です。

そんな中、エンダーが司令官を目指すためのバトル・スクールへ配属されることが来ました。そこでエンダーを待っていたのは、優秀な兵士を育てることに特化した非人間的な環境でした。しかし、そこでもエンダーは優秀な成績をあげて、仲間から注目される存在になりました。

物語のメインは、エンダーの成長とバガーとの戦いなのですが、単なるサブキャラかと思ったピーターとヴァレンタインも意外な形で物語に深く関わるようになるのが意外でした。

エンダーの行動を追う形で、さくさく読める作品ですが、優秀であればあるほど周囲から孤立してしまう育成システムの非情さが、読んでいて苦しかったです。

そして物語は、単にバガーとの戦いにとどまらず、戦争の倫理の問題へと踏み込んでいくところがよかったです。
今回読んだのは、古い翻訳のものでしたが、新しい翻訳も発売されているので、そちらではどんな感じなのか気になります。
ゼロから作るDeep Learning ―Pythonで学ぶディープラーニングの理論と実装Pythonを使って、ディープラーニングと理論と実装を学ぶ本です。

ディープラーニングの本では、この本が一番とっつきやすそうだったので手に取りました。ディープラーニングには、GoogleのTensorFlowなどフレームワークもありますが、この本ではそれらを使うことなく、本当に1からディープラーニングの基本を学ぶことができます。

本編で使われるコードは、途中までは文中で示されますが、高度な内容の章ではコードが長すぎるため文中には記載されていません。利用するコードは、Githubで公開されていますので、それを事前にダウンロードしておくことは必須です。

第1章は、実習で利用するPython3の簡単な解説と、そこで利用するNumpyとMatplotlibの基本的な説明でした。Python3は以前に少し勉強したことがあったので、軽く流し読みしました。Matplotlibは少しだけ使ったことがありますが、Numpyはほぼインストールしただけ状態だったので^^;、実習で必要となる行列計算を実際に動かして試しました。

第2章から、いよいよ本格的な実習の開始です。第2章では、パーセプトロンというアルゴリズムを学びます。AND,OR,NANDなどの論理回路について、最初はその解説、次にそれをPythonで実装と続きます。本書の他のところでもそうですが、簡単なところから難しいものと説明されるので、とてもわかりやすかったです。

第3章では、ニューラルネットワーク。第4章では、ニューラルネットワークの学習。第5章では、ニューラルネットワークの学習に関わる誤差逆伝播法について学びます。このあたりから数式も示されますが、仮に数式の意味がわからなくても、それに続く解説や実装例を読めば何が行われているのか理解できるので、数式が苦手な人はそこは読み飛ばして^^;、どんどん先に進んでOKだと思います。

第6章からは、応用的な内容になります。学習パラメータの更新、適切な初期値の設定、学習時間の短縮化、過学習対策、ハイパーパラメータの最適化など、様々な手法が広く浅く紹介されています。7章、8章もそうですが、ここからの章は、それぞれについて詳細な解説まではありません。なので、より詳しくそれぞれについて知りたい人は、巻末の参考文献等にあたる必要があります。

第7章では、畳み込みニューラルネットワークが解説されています。6章までは、手を動かしつつ学んでいましたが、7章からは内容が込み入ってきたので、今回は概要をつかむ程度で終えることにしました。ダウンロードしたサンプルデータ程度の実習でも、家のマシンスペックだと機械学習が完了するのにかなり時間がかかることもありますが。(^^;

最後の第8章では、ディープラーニングの歴史や高速化の取り組み、利用例などが広く浅く紹介されていました。この章を読むと、ディープラーニングの研究はまだこれからなんだなあと感じました。

全体を読み終えての感想は、説明がわかりやすいことに感動しました。数式、図、コードとさまざまな方法で解説されているので、読んでいてイメージがつかみやすかったです。また著者が日本人ということもあり、オライリーの翻訳書と比べて、文章が自然でとても読みやすかったです。(^^)
人間さまお断り 人工知能時代の経済と労働の手引き最近、なにかと話題の人工知能に関する本ということで読んでみました。

この本ではまず、人工知能を人間に変わって意思決定を行うことができる合成頭脳と、労働を行うことができる労働機械とにわけて説明しています。その過程で明らかになるのは、そのどちらも人間のような姿をしている必要はなく、それぞれの仕事に最適化された形になるということです。・・・人型ロボット好きとしては、ちょっと残念かも。(^^;

合成頭脳であれば、答えが得られるのならば、その場所にある必要すらないこと。労働機械の場合は、目的とする作業に応じて、ドローンに作業用アームを取り付けたり、その作業を最も効率的に行う形が選択されることが、わかりやすく解説されていました。

その後も、さまざまなケースで、人工知能の進化が人間の生活にどのような変化をもたらすかが語られていくのですが、本の中盤以降ではその問題に対する著者の提言が鼻につくようになり、あまり面白くなくなりました。

著者の提言を否定するつもりはありませんが、こういった問題ではAIの専門家は問題点を指摘するにとどめて、さまざまな視点から広く問題点を検討することが必要なのではないかと思いました。
マカロンはマカロン (創元クライム・クラブ)フランス料理店「ビストロ・パ・マル」を舞台としたシリーズの3作目です。

2作目の「ヴァン・ショーをあなたに」の後、新作がないのを残念に思っていたのですが、まさかの新作発売でうれしかったです!(^^)

ビストロ・パ・マルの温かい雰囲気はいつも通りで、そこを訪れるお客さんのちょっとした謎解き、そして登場する料理のおいしそうな描写。近藤史恵さんはサクリファイス・シリーズもいいけれど、こちらも捨てがたい魅力があります。(^^)

今回は、「コウノトリが運ぶもの」「青い果実のタルト」「共犯のピエ・ド・コション」「追憶のブーダン・ノワール」「ムッシュ・パピヨンに伝言を」「マカロンはマカロン」「タルタルステーキの罠」「ヴィンテージワインと友情」の8作の短編が収録されていました。

「コウノトリが運ぶもの」では、乳製品にアレルギーのある女性にまつわるお話。「青い果実のタルト」は、大人の関係にまつわるビターなお話。「共犯のピエ・ド・コション」は、お得意様の女性が久しぶりにお店に訪れるお話。「追憶のブーダン・ノワール」は、常連客の婚約者のお話。「ムッシュ・パピヨンに伝言を」は、イタリアに留学経験のある教授のお話。「マカロンはマカロン」は、三船シェフの知り合いの女性シェフにまつわるお話。「タルタルステーキの罠」は、不思議なオーダーをするお客さんのお話。「ヴィンテージワインと友情」は、二十代の男女の複雑な人間関係のお話。

1つ1つは短いお話ですが、そのどれにも味わいがあって、とても楽しめました。
あまり速いペースでなくてもいいので、このビストロ・パ・マル・シリーズも続くといいなあ。(^^)
やってはいけないデザインデザイン初心者向けに書かれた、平本久美子さんの「やってはいけないデザイン」を読み終えました。

この本は独学でデザインを学んだ著者が、素人にもわかりやすい言葉と見本で、やってはいけないデザインのポイントを解説してくれる本でした。

それなりにパソコンが使えると、会社などで安易にチラシやポスターを作ってと頼まれることがあります。でも、自分なりに考えて作ったはずなのに、デザイン的にぱっとしないものが出来上がってしまいます。

それはデザインの基本を知らないからなのですが、そこを著者は専門的になりすぎることなく、まずい例とよい例を比較して見せることで、素人にもわかりやすく手直しする方法を説明してくれます。

個人的には、このところデザイン系の本を何冊も読んでいたので、この本に書かれていることはほとんど知っていることでした。でも、この本に書かれていることが当たり前と思えるくらいには、自分のデザインの勉強が進んでいることが確認できました。(^^;

というわけで、この本の本来の目的とは違う形で読みましたが、それでも有意義な本でした。
QED ~flumen~月夜見 (講談社ノベルス)高田崇史さんのQEDシリーズ、「QED ~flumen~月夜見」を読み終えました。

QEDシリーズは本編が完結したので、もう続編はないと思っていたので、外伝という形にせよ続編が発売されて驚きました。今回は、珍しく2人きりで京都旅行に出かけた崇と奈々が、現地で起きた不可解な連続殺人事件に関わることになるお話でした。

今回もう1つの語り手となったのは、事件に巻き込まれた馬関桃子です。フリーのイラストレーターで、月をテーマにした作品を好む桃子は、夜に月読神社へと出かけました。そこで桃子は、友人の望月桂が絞殺されている現場に出くわしました。すぐに警察に知らせようとした桃子でしたが、犯人に石段から突き落とされて意識不明となり、救急病院に搬送されたのでした。

桃子が意識を取り戻すと、さらに驚くことが起きていました。桂には望月観というカメラマンの兄がいました。その兄も、同じ日の同時刻に松尾大社で殺害されていたのでした。犯人の偽装工作により、桃子は2人を殺害した犯人ではないかと警察から疑われることになるのでした。

その少し前、奈々はお盆休みに崇と2人きりで京都旅行をする予定になっていました。いつものように、崇の趣味全開の旅行内容ですが^^;、それでも奈々は旅行を楽しみにしていました。そして早朝に新幹線で出発した2人は、京都へと向かいました。そこに、事件の取材をしていた小松崎から連絡が入りました。崇に、事件の捜査に協力して欲しいと言うのです。

こうして崇と奈々は、いつものように事件に巻き込まれることになりました。物語が進展するにつれて、月読命に関わる謎が解明されていくことになります。その解釈の部分は、それなりに面白かったですが、犯人が殺害にいたる動機はとってつけたようなというか、私には理解不能でした。(^^;

今回の事件に登場する京都府警の刑事は、以前の事件で崇たちと面識がある村田と中新井田が捜査に当たっていました。
貴船の事件解決に協力したようですが、著者の他の作品にも貴船が出てきますし、QEDシリーズのどの作品に登場したのか思い出せませんでした。(^^;

シリーズ第2作の「QED 六歌仙の暗号」に出てきたようです。私がこの作品を読んだのが、2008年でした。さすがに10年近く前に一度だけ読んだ本の、ゲストキャラまで覚えてられません。(^^;
ボート (新潮クレスト・ブックス)ナム・リーさんの「ボート」を読み終えました。

この本には、7作の短編が収録されています。しかし、その1つ1つが個性的で、複数の作家が書いた作品を集めた本なのではないかと何度も思いました。そして物語の舞台も、北米、オーストラリア、南米、中東、日本、東南アジアと多彩です。

「愛と名誉と憐れみと誇りと同情と犠牲」は、ベトナム移民で作家志望の青年とその父の物語です。主人公の青年は、作品を書きあぐねていました。彼の出自を知る人は、それをテーマに作品を書けばいいといいます。しかし、彼はそうすることに抵抗を感じていました。彼は父ほどに深く、ベトナムとのつながりを実感できないでいたのです。

そこに、彼の父がやって来ました。その時、彼は書きあぐねた末に、ベトナムを扱った作品を書き上げました。彼の父はその作品を手に、街へと出向くと、浮浪者が暖を取っていたたき火に、その作品を投げ込むのでした。
短い作品ですが、故郷を知らない青年と、異郷にあっても故郷を背負っている父の、深い断絶が印象的でした。

「カルタヘナ」は、コロンビアで暗殺者となった少年を描いた作品です。前の作品とは完全に雰囲気が変わり、ハードボイルドなサスペンス小説を読んでいるような感じでした。7作の中では、この作品が一番読みやすいと思いました。

「エリーゼに会う」は、痔を患う老画家が、妻と一緒に家を出た娘と再会しようとする物語です。老画家のダメっぷりが、これでもかとばかりに描かれているのですが、サイケデリックな雰囲気もあるブラックな作品でした。

「ハーフリード湾」は、オーストラリアに住む少年が主人公のお話です。彼の活躍によって、彼の学校は久々にフットボールの決勝戦に進むことができたのです。彼は一躍注目の的となり、憧れていた女の子も彼に声をかけてきます。ところが、その女の子は、悪評が高く凶暴な同級生と付き合っているという噂が・・・。

その一方で、少年の家庭事情も描かれます。彼の母は、多発性硬化症という難病に冒されていたのです。母の治療のため、父は今の家を売り、よりよい治療が受けられる場所への移住を考えていました。
同級生からの暴力の恐怖、難病の母を抱えた不安定な生活。物語は淡々と語れていきますが、この2つがあることで緊張感が維持されています。

「ヒロシマ」は、なんと原爆投下前の広島を舞台にした作品です。主人公の女の子は、戦災を避けて疎開していますが、彼女の父母と姉は、今も広島に暮らしています。主人公の女の子も、そしてそれ以上にお姉さんも、徹底的に軍国主義に染まっています。著者名を伏せてこの作品を読んだら、海外の作家が書いたものとは思わなかったかも。

「テヘラン・コーリング」は、付き合っている男から逃げるために、テヘランの友人の元に訪れるアメリカ人女性の物語です。そこで彼女は(そしてたぶん読者も)、これまで知らなかった自分たちとは全く異質なイスラム文化と対面することになります。

表題作である「ボート」は、ベトナムから脱出する難民ボートに乗り込んだ女の子の物語です。小さなボートに詰め込まれるように乗り込んだ、多くの人々。エンジンも停止し、ボートは海上を漂い、その渦中で1人また1人と命を落としていく人がいます。これは今もまだ、世界のどこかで現実に起きているかもしれないこと。そう気づいた時、今の自分がどれほど豊かでふやけた世界にいるかを思い知らされました。

著者のこの他の作品は、邦訳が出ていないようですが、ぜひ他の作品も出版して欲しいと思いました。
聖域の雀―修道士カドフェルシリーズ〈7〉 (光文社文庫)修道士カドフェル・シリーズ第7作、「聖域の雀」を読み終えました。

夜半の祈りの途中、とある若者が町の人々に追われて、教会へと逃げ込んできました。そのリリウィンという若者は、町から町へと渡り歩いている芸人でした。この町でウォルター・オーリファーバーの息子ダニエルの結婚式が行われることを知ったリリウィンは、そこで余興を披露するために結婚披露宴へと呼ばれたのです。

ところが、ウォルターが嫁の持参した貴重品を金箱に納めていた時、何者かがウォルターを襲って貴重品を奪い取ったのです。その犯人として疑われたのが、芸人のリリウィンだったのでした。披露宴でリリウィンはさまざまな芸を披露しました。しかしケチで有名なオーリファーバー家は、リリウィンに約束しただけの金を支払わなかったばかりか、ウォルターの母のジュリアナは、披露宴の途中で水差しが割れたことをリリウィンのせいだと決めつけて、彼を杖で打ちのめしたのです。

そしてリリウィンがオーリファーバー家から去った後、事件は起きました。ウォルターが何者かに襲われたのです。誰かが犯人は、先ほど追い出した芸人に違いないと言い出して、酔った客たちが町中を探してリリウィンを見つけ出しました。何も知らずに襲われたリリウィンは、自分の身を守るために教会へと逃げ込んだのでした。

ウォルターの息子・ダニエルを中心に、町の人々は今にもリリウィンを虐殺しかねない勢いでした。しかしこの時代、罪を犯した者でも、教会に逃げ込めば40日の間は保護を約束されていました。修道院長のラドルファスは、リリウィンが既に教会の保護下にあることを人々に告げました。そして罪を裁くなら、正規の手続き通り、州の執行官に任せるべきだと人々を叱ったのでした。

こうして人々は、不承不承ながら町へと引き上げていったのでした。リリウィンの世話を任せられたカドフェルは、彼にその夜の出来事を尋ねました。そして彼が罪を犯していないと信じたカドフェルは、いつものように事件の真相を知るために動き出すのでした。

前作の「氷のなかの処女」とは異なり、今回の舞台はシュルーズベリ、それも教会とオーリファーバー家をメインに展開しました。カドフェルの調査が進むにつれて、オーリファーバー家が抱えるドロドロの人間関係が明らかになっていきます。
昔も今も、家族や親族にまつわるドロドロは同じなんだなあと思いつつ、読んでいてあまり気分がいいものではありませんでした。

そんな中で、唯一の救いはリリウィンとオーリファーバー家の召使いラニルトの恋物語でしたが、2人の関係の進展が性急すぎたこともあって、こちらもこれまでのシリーズと比べると物足りない感じがしました。
航空宇宙軍史・完全版一  カリスト-開戦前夜-/タナトス戦闘団 (ハヤカワ文庫JA)今年最初に読み終えたのは、谷甲州さんの「航空宇宙軍史・完全版(1)」の後半に収録されている、「タナトス戦闘団」でした。

「カリスト - 開戦前夜 -」では、カリスト側からの視点だけから物語が描かれているので、相手の動きが読めずに緊張感がありました。「タナトス戦闘団」では、多少は航空宇宙軍側の動きも描かれていました。しかし、ダンテ隊長を中心とする現場の物語になっていて、上層部の動きや考えは想像するしかないところが面白かったです。

物語は、「カリスト - 開戦前夜 -」の最後で描かれたダンテ隊長の月への"出張"から始まります。地球との開戦に先立ち、外惑星連合は地球の後方攪乱のために、月にある工場の襲撃を計画していたのです。その事前調査のために、ダンテ隊長は月にやって来たのでした。ところが、現地で協力してくれるはずの駐在武官・柏崎中佐はなぜかダンテ隊長に非協力的な態度です。

実戦部隊を指揮することではエキスパートのダンテ隊長ですが、諜報に関しては完全にアマチュアです。あっという間にダンテ隊長は、航空宇宙軍の警務隊に拘留されてしまったのでした。自白剤を用いた過酷な尋問が行われましたが、ダンテ隊長はそもそも重要な情報は握っていません。現地での協力者の存在を突き止めたところで、ダンテ隊長は解放されたのでした。

副隊長のランスに救出されたダンテ隊長でしたが、今回の計画があまりに不可解なことに疑問を持ちました。さらに尋問中に、自分たちが本来の目的を隠すための囮として利用されたらしいこともつかんでいました。密かにカリストに帰還したダンテ隊長は、新たな幕僚会議議長に就任したミッチナー将軍が、山下准将の指揮下にある陸戦隊を解散させるために今回の計画を実行したのではないかと気づくのでした。

しかし、やられっぱなしで引き下がるようなダンテ隊長ではありません。わずかな手がかりから、ダンテ隊長の協力者となったシャンティという謎の人物を探し出そうとします。その合間に、柏崎中佐のもとで航空宇宙軍との二重スパイとなった緒方優という女性もお話にからんできて、物語により奥行きが出てきます。

そしてついに、外惑星連合は地球に対して宣戦布告します。それと同時に、外惑星連合の艦隊、そしてダンテ隊長率いるタナトス戦闘団の活動が開始されるのでした。

巻末の解説にもありましたが、この「タナトス戦闘団」は冒険小説的なのりで楽しめる作品でした。政略が中心だった「カリスト - 開戦前夜 -」と比べると、アクションシーンが多いですが、細部の緻密な描写や設定が物語に説得力を与えていると思いました。
続く第2巻では、また別の視点から物語が描かれるようなので、どんな内容なのか楽しみです。(^^)
遠い唇北村薫さんの短編集、「遠い唇」を読み終えました。

この本には、表題作である「遠い唇」から始まり、「しりとり」「パトラッシュ」「解釈」「続・二銭銅貨」「ゴースト」「ビスケット」の7作が収録されています。久々の北村作品だったせいか、年末の忙しい時期にほっこりできる内容で、とても心が落ち着きました。

「遠い唇」は、主人公が学生時代を回想しつつ、そこで渡された暗号を解読するお話です。ほろ苦いコーヒーを飲んだ後のような余韻のあるお話でした。

続く「しりとり」も、亡くなったご主人からの暗号とも思える俳句を解読するお話です。初々しい青春時代の恋と、そこから歳月を重ねた夫婦の味わいが感じられるお話でした。

「パトラッシュ」は、まずそのタイトルに驚かされました。主人公の女性が、恋人のことを「フランダースの犬」のパトラッシュのようだと思ったところからきています。これも推理作品かなと思ったら、これはちょっと軽めのラブストーリーでした。

そして驚いたのが、「解釈」です。物語の始まりはいつもの北村作品風なのですが、途中から地球外生命体が登場して本から地球の文化を知ろうとするSF作品でした。作品の雰囲気は、星新一さんのショートショートや藤子・F・不二雄さんのSF短編を思わせるものがありました。

「続・二銭銅貨」は、江戸川乱歩の名作「二銭銅貨」に元ネタを提供した者がいたというお話でした。お話はなかなか面白かったですが、私自身が江戸川乱歩の作品にあまり詳しくないので、物語の一番面白いところを見逃しているような気がします。

「ゴースト」は、「あとがき」によれば「八月の六日間」に登場した女性編集者の心を描いた習作だそうです。「八月の六日間」は山登り小説でしたが、この短編では主人公がひたすら仕事に追われているのが、現実の忙しさと結びついてしまい、今ひとつ楽しめませんでした。(^^;

最後は「ビスケット」です。なんと「冬のオペラ」で登場した"名探偵"巫弓彦が、18年ぶりに活躍するお話でした。
「冬のオペラ」は、はるか昔に一度読んだだけの作品なので、細かな内容は完全に忘れていましたが、人知を超越した謎を解き明かす"名探偵"という設定だけは覚えていました。

この作品では、かっては不動産会社の事務員だった事件の記録者・姫宮あゆみが、作家として活躍するようになっていました。そんなあゆみが、とある大学で行われるトークショーに出演することになりました。そこであゆみは、再び殺人事件の現場に立ち会うことになってしまうのでした。

「冬のオペラ」に収録された作品が書かれたのが、1992年。それから大きく世界が変わり、今ではネット検索でどんなことも手軽に調べられる時代になりました。そんな時代には、超人的な発想の飛躍で事件を解決する"名探偵"の出番は、失われてしまいます。便利な時代になった反面、失われてしまったものの寂しさを感じました。
数学ガールの秘密ノート/やさしい統計 (数学ガールの秘密ノートシリーズ)結城浩さんの「数学ガールの秘密ノート やさしい統計」を読み終えました。

今回は統計をテーマに、物語が進みます。第1章は、CMなどで見かけるグラフに潜むトリックのお話。さまざまな例が示されましたが、グラフ作成者が故意に見た人の印象を操作しようとするグラフ、確かに時々見かけますね。(^^;

テレビのCMなどで商品の効果や売り上げなどをグラフで紹介している時は、見た目のインパクトにだまされることなく、どういう視点から描かれたグラフなのか、冷静に見つめ直すことが大切だと思いました。

第2章では、"僕"とユーリが、平均から始まり、最頻値、中央値、分散と話を進めます。多くのデータの中から、ある1つの数値を取り出すことで、見えてくるものが次々と変わっていくところが面白かったです。

この章で特に印象的だったのは、「思考モードに入ったユーリの栗色の髪が金色に見える」という描写でした。まだ中学生なのに、時に鋭い指摘もするユーリですが、もしかして超サイヤ人の遺伝子を受け継いでいるのかも!?と思ってしまいました。(^^;

第3章では、学生時代にお世話になりつつ、その意味が今ひとつわかってなかった偏差値のお話です。ここからは高校を舞台に、"僕"とテトラちゃん、ミルカさんを交えてのお話になりました。前の章を踏まえて平均、分散から、偏差、標準偏差、偏差値という流れが、とてもわかりやすく解説されていました。
その後の偏差値の分散は、数式を追うのがちょっと面倒でしたけど。(^^;

この章から、特定の数式にハートやクローバーのマークがつきました。数式が苦手な人への配慮だと思うのですが、これはとても読みづらかったです。普通に数式(1)とか数式(A)の方が、読みやすいと思いました。

また、平均を表すギリシア文字μ(ミュー)とσ(シグマ)に、ふりがなが振ってあったのは読みやすくてよかったです。日常的に数式に触れているわけではないので、ギリシア文字の読み方ってすぐ忘れちゃうんですよね。この時、分散を示す記号としてVがあてられて、その理由は後の章でVはVarianceの頭文字という説明がありますが、これは"僕"が最初にVを使った時に解説があると、よりよかったかも。

第4章からは、先に刊行された「数学ガールの秘密ノート 場合の数」とも関わりのある確率や期待値の話になっていきます。ここは内容的にあまり興味がなかったので、さっと読み通しました。いつかもっと興味を持った時に、あらためてじっくり読み返そうと思います。あ、でも第5章の仮説検定の話は面白かったです。

そして最後には、いつものように「もっと考えたいあなたのために」が用意されています。その中では、フォン・ノイマンのフェアなコインをシミュレートできるアルゴリズムが、特に面白そうだと思いました。これはいつか、きちんと数式を立てて考えてみたいです。(^^)
幻滅 ― メディア戦記 上 (バルザック「人間喜劇」セレクション <第4巻>)先に読んだ「読んでいない本について堂々と語る方法」で紹介されていた、バルザックの人間喜劇と呼ばれる作品群の1つ、「幻滅 - メディア戦記 - (上)」を読み終えました。

物語はフランスの片田舎、アングレームと呼ばれる町から始まります。アングレームは貴族が住む高台と、平民が住む下町からなっています。その2つは、互いに反目していましたが、アングレームの中心人物であるバルジュトン夫人は、貧しい平民であるリュシアンという青年を寵愛していたのでした。

リュシアンは、美貌と才能に恵まれた青年でした。バルジュトン夫人と関係ができたことを機会に、大物になってやろうという野心もあります。そんなリュシアンの美貌と才能は、田舎で暇をもてあましていたバルジュトン夫人にとって、格好の気晴らしになっていたのでした。

しかし、2人の関係を妬む者がいました。かってパリで名をはせたこともあるデュ・シャトレという男です。デュ・シャトレは表面上はリュシアンやバルジュトン夫人に協力する風を装いつつ、その実は彼らを利用して自分が再び表舞台に返り咲こうとしていたのでした。

そんなデュ・シャトレの企みにはまり、バルジュトン夫人はアングレームに居づらい状況に追い込まれました。ほとぼりを冷ますため、バルジュトン夫人はパリへと向かうことにしました。そしてリュシアンにも、それに同行するように求めたのでした。リュシアンは妹の夫となった友人・ダヴィッドの協力を得て、バルジュトン夫人と共にパリへと赴きます。

そこでリュシアンを待っていたのは、思いもかけない上流階級の底意地の悪さでした。デュ・シャトレの巧みな策略にはまり、リュシアンはパリでバルジュトン夫人に愛想を尽かされて、路頭に迷うことになるのでした。それでも自分の才能を信じるリュシアンは、持参した原稿を出版してもらおうとします。しかし、ここでも厳しい現実がリュシアンを待っていました。

内容的にどんなに優れた本であっても、出版業者は名もなき新人の本を出版する危険を冒そうとはしなかったのです。
追い詰められたリュシアンを救ったのは、貧しいながら高い志を持つセナークルと呼ばれる仲間たちでした。彼らの励ましとアドバイスを受けて、リュシアンは自分の作品と才能にさらに磨きをかけるのでした。

しかし、リュシアンがどれだけ勉強しても、生活の苦労は常につきまといます。そこでリュシアンは、ジャーナリストになって身を立てようとします。セナークルの仲間は、それはリュシアンを堕落させることだと反対しますが、リュシアンは知人のルストーを頼り、新聞に劇評を書くことになったのでした。

今までにない斬新なリュシアンの劇評は、パリで大いに話題になりました。さらに劇に出演している若手女優コラリーの支援もあり、リュシアンはこれまでとは全く異なる、晴れやかな舞台に立つことになるのでした。

その過程でリュシアンは、新聞などのメディアの本質を知ることになりました。彼らは真実を伝えようとしているのではなく、自分たちの思惑を読者に吹き込むだけの存在だったのです。内容的にどれほど素晴らしい本も、彼らの利害と一致しなければ酷評されることになります。逆に彼らの利益のためには、特にみるべき点のない作品も好評で迎えられることになるのでした。

上巻では、アングレームから出てきたリュシアンが、メディアという様々な思惑の渦巻く坩堝に飛び込むまでが描かれました。一癖も二癖もある人たちを相手に、リュシアンは自らの野望を果たすことができるのでしょうか。

読み始めた最初は、現代の小説とは違う文体に少し戸惑いましたが、しばらく読み進めたらバルザック流の語りにも慣れました。
この語り口は、昔どこかで読んだことがあるようなと思ったら、「三銃士」や「モンテクリスト伯」で有名なアレクサンドル・デュマの作品でした。2人の活躍した時期が重なっているようなので、1830年〜1850年くらいのフランスでは、こういった文体が一般的だったのかもしれませんね。
銀河英雄伝説 〈10〉 落日篇 (創元SF文庫)田中芳樹さんの「銀河英雄伝説」、本伝の完結編である第10巻を読み終えました。

最終巻となる10巻では、ラインハルトとヒルダの結婚式から始まりました。しかし、挙式の途中で再び惑星ハイネセンで反乱が勃発しました。皇子を身ごもっているヒルダをフェザーンに残し、ラインハルトは自らも再び出征を決意しました。

当面、惑星ハイネセンはワーレンが治安の任をつとめていました。そんな中、帝国内ではイゼルローン要塞に民主共和主義者が存在することが、すべての反乱の引き金になっているという意見がありました。イゼルローン要塞をつぶすことで、民主共和主義者たちの拠り所を奪うべきとする強硬論があったのです。

一方、イゼルローン要塞の司令官であるユリアンの下には、反乱を企てたものの決定的な力を持たない旧同盟領からの救援要請が届いていました。イゼルローンを出て数少ない戦力で帝国軍と戦うことは、イゼルローン軍にとって戦略的な重要度は高くありません。しかし、先にロイエンタールの反乱にあたり、イゼルローンがメックリンガー艦隊の回廊通過を認めたことで、民主共和主義者の中からイゼルローン要塞は自らの保身だけを考えているのではという声も出始めていたのでした。

こうして戦略的な意義は薄くとも、政治的な配慮からユリアンは帝国軍と戦うことを決意しました。戦いに先立ち、ユリアンには1つの作戦がありました。数において劣るイゼルローン軍が、帝国軍と対等に戦おうとすればイゼルローン回廊にワーレンの率いる艦隊を誘い込む必要がありました。いっけん難題と思えるこの課題を、ユリアンはヤン譲りの知略で実現しました。

それはイゼルローン艦隊を、旧同盟領方面に進出させるのではなく、旧帝国領へと進出させることで実現されました。ユリアンの動きを知ったワーレンは、旧帝国領の帝国軍と連携して、イゼルローン艦隊を挟撃するためにイゼルローン回廊へと踏み込みます。ここでユリアンは、巧みに艦隊を指揮して、敵軍をイゼルローン要塞の雷神のハンマーの射程圏へと引き込みます。これに対して帝国軍は、イゼルローン艦隊を平行追撃することで雷神のハンマーを無力化しようとしますが、わずかにユリアンの指示の的確さが敵を上回りました。

それが、この戦いを決することになりました。イゼルローン軍は、旧帝国領から引き込んだ艦隊を撤退に追い込み、それを救援しようとしたワーレンの艦隊にも手痛いダメージを与えることに成功したのでした。ワーレンの敗北を知った時、ラインハルトは病に倒れていました。以前から続いていた原因不明の発熱が、ラインハルトの体を蝕んでいたのでした。

そのためハイネセンへのラインハルトの親征は中止されましたが、その代わりに軍務尚書のオーベルシュタインが皇帝の代理人として派遣されることになりました。オーベルシュタインを補佐する艦隊指揮官としては、ビッテンフェルトとミュラーが派遣されることになりました。日頃からオーベルシュタインとそりの合わないビッテンフェルトは、軍務尚書への反発を隠そうとはしません。

ハイネセンへと赴任したオーベルシュタインは、驚くべき施策を実行しました。なんとかっての同盟で重要な地位にいた者を、大量に強制的に連行したのです。その上でオーベルシュタインは、彼らを人質としてイゼルローン軍に要塞の明け渡しを要求するつもりでした。戦場で雌雄を決するのではなく、政略によって敵を屈しようとするやり方に、ビッテンフェルトは激怒しました。そしてオーベルシュタインに殴りかかろうとしたビッテンフェルトは、そのまま拘留されることになったのでした。

そしてユリアンの下には、オーベルシュタインからの通信が届きました。拘留した捕囚を解放してほしければ、イゼルローン軍の代表者がハイネセンへと出頭しろというのです。難しい立場に立たされたユリアンとフレデリカでしたが、状況を打開するために交渉に挑むことを決めました。

そんな中、ハイネセンは思わぬ事件が発生していました。強制連行された多くの人々が収監されているラグプール刑務所で、大規模な暴動が発生したのです。囚人たちと憲兵隊は激しく激突することになり、共に多くの犠牲を出しました。しかし、ワーレンの的確な指揮のおかげで、事態はようやく終息したのでした。

この時ラインハルトは、病を得ながらもハイネセンへの途上にありました。そこにオーベルシュタインからの報告が届きます。これまで行方不明だった、フェザーンの元領主ルビンスキーが逮捕されていました。ルビンスキーの体は、脳腫瘍に冒されて、余命はあと1年と言われていました。

ハイネセンへと到着したラインハルトは、再びイゼルローン軍へと通告を行いました。ハイネセンで勃発した動乱のために、オーベルシュタインが用意した交渉は流れていました。ラインハルトの通告にイゼルローンが従えばよし、さもなければ再び戦争が始まります。

ラインハルトの留守中、フェザーンでも動きがありました。地球教の残党が、皇妃ヒルダと生まれてくる子供を狙ってテロを企てたのです。その試みは、警護を任されたケスラーの活躍と、我が身をかえりみずヒルダをかばったアンネローゼの働きによって、阻止されました。その襲撃で産気づいたヒルダは、そのまま病院へと搬送されて、そこでラインハルトの後継者となる皇子を出産しました。

ラインハルトとユリアンの会見が迫る中、不幸な偶然から帝国軍とイゼルローン軍は戦闘へと突入してしまいました。それを知ったラインハルトは、自ら先頭に立ってイゼルローン軍と雌雄を決しようとするのでした。しかしラインハルトの体は、想像以上に病に冒されていました。そのため帝国軍の戦いは精彩を欠き、ユリアンたちに突き入る隙を与えました。

戦力的に圧倒的に劣るイゼルローン軍は、少数の精鋭部隊を編成してラインハルトの旗艦であるブリュンヒルトに強襲攻撃を仕掛けたのです。そしてユリアンは、ついに血路を開いてラインハルトの前へとたどり着きました。ラインハルトを前に、ユリアンはローエングラム朝が衰えた時に、それを治癒する方法を教える提案しました。ラインハルトがそれを受け入れて、ついに帝国軍とイゼルローン軍の戦いは終わったのでした。

しかし、ここまでに払った代償は小さなものではありませんでした。ユリアンと共にブリュンヒルトに突入した、カリンの父でもあるシェーンコップの戦死、ヤンに客将として迎えられたメルカッツ提督の死。その他にも、多くの犠牲がありました。そんな中でも、いつ死んでもおかしくないような状況にありながら、イゼルローン軍の撃墜王ポプランが生き延びたのは、いかにもポプランらしいと思いました。(^^;

そしてラインハルトとの会見の結果、ユリアンたちはイゼルローン要塞を明け渡す代わりに、惑星ハイネセンを含むバーラト星系を与えられることになりました。それと共にユリアンは、ラインハルトに専制政治ではなく君主をおきつつ議会を持つ立憲君主制を提示しました。

その間にも、ハイネセンでは事件が起きていました。余命幾ばくもないルビンスキーは、自らの死と共にハイネセン各所に配置された爆薬が爆発するように仕組んでいたのでした。しかし、それはラインハルトの命を奪うことはなく、ルビンスキーの最後の悪あがきといった感じでした。

そしてラインハルトは、フェザーンへと帰還しました。それにはユリアンたちも同行することになりました。ラインハルトは、残された時間を使い、自分の死後のことを淡々と決定していました。そしてラインハルトの死が間近となった時、再び地球教の残党が最後の戦いを挑んできました。しかし、それはワーレンを中心とした各提督の的確な行動と、その場に居合わせたユリアンたちの働きで阻止されました。

そしてついに、ラインハルトはその短い生涯を終えました。ここで物語の時間は凍結されたので、その後の帝国やユリアンたちがどうなったかは、読者の想像に任されることになりました。

今回、あらためて作品を再読してみて、気づいたことがいくつかありました。初めて読んだ時は、その華麗な文章にただただ圧倒されましたが、今読むと著者の若さゆえの青さが垣間見えるところもありました。
それだけ自分が年を取ったということでもあるので、複雑な心境ではありますが・・・。(^^;

それから物語の盛り上がりは、第5巻くらいまでがピークでしたね。特に個人的に一番好きなキャラであるヤンが退場した後は、今ふたつくらい物語の魅力が薄れてしまった気がしました。田中芳樹さんの他の作品でもそうですが、物語の序盤から中盤くらいは面白くても、終盤が今ひとつなことが多い気がします。先日まさかの^^;完結をした「タイタニア」もそうでしたしね。

最後に「銀英伝」を読み終えて痛感したのは、何をやろうがやらなかろうが、"後世の歴史家"は間違いなく好き勝手なことを言うでしょうから^^;、その時代を生きる人はただ自分の信じる道を迷わず進めばいいということです。
航空宇宙軍史・完全版一  カリスト-開戦前夜-/タナトス戦闘団 (ハヤカワ文庫JA)昔読みたいと思いつつ、今まで読まずに来てしまった谷甲州さんの「航空宇宙軍史」が、大幅な加筆修正されて発売されたと知り、ようやく読むことができました。

今回の刊行では、従来2冊の本として発売されたものが1冊になって発売されました。そのため1冊の単価が1,000円を越ているのが、ちょっとお財布に辛いものがありました。(^^; でも、1冊の中に2冊分の内容が収録されているので、2冊の本を買ったと思えばいいかと割り切りました。(笑)

本来なら、1冊読み通したところで感想を書くのですが、2冊分の内容が収録されていることもあり、1冊読み終えるごとに感想を書こうかと思います。

物語の舞台は、2100年間近の太陽系です。その時代、人類は資源を得るために太陽系の外惑星まで進出していました。
開発が進んだ結果、外惑星はそれぞれに自治権を主張して、外惑星を支配下に置きたい地球・月連合との溝が深まっています。そんな中、外惑星は同盟を結び、経済的・軍事的にはまだ大きな差がある地球・月連合に対抗しています。

特に戦力の点では、外惑星は地球からのさまざまな規制により、大規模な宇宙船を建造することを許されていませんでした。航空宇宙軍が本気で外惑星を攻略してくれば、外惑星には勝ち目はありません。しかし、地球や航空宇宙軍からの締め付けが厳しくなる中、外惑星は密かに航空宇宙軍に対抗するための準備を進めていたのでした。

「カリスト -開戦前夜-」では、外惑星連合と地球・月連合との戦いが始まる直前の様子が描かれました。カリスト警備隊のダンテ隊長は、怪しげな取引をした男を宇宙港で追い詰めました。自殺を図ろうとした男の所持品から、外惑星連合の戦力に関する機密情報が発見されました。そこには、上層部の者しか知り得ない情報が含まれていました。

外惑星連合としてまとまっていても、それぞれの地球や航空宇宙軍に対する対応には温度差がありました。経済的に大きな力を持ちつつあるカリストやガニメデでは開戦派が主流となっていましたが、まだ開発途上で力の弱い土星のタイタンやレアは消極的な態度を取っています。

そんな中、航空宇宙軍のフリゲート艦がカリストを査察すると称してやって来ました。強大な武力を背景に、航空宇宙軍は外惑星連合の力を削ごうと目論んでいるようです。しかし、独立した自治権を持つ外惑星に航空宇宙軍がこのような査察を行うことは主権を侵されることになります。フリゲート艦が近づく中、外惑星連合はこれにどう対応するか、決断を迫られることになるのでした。

上層部を代表する登場人物として、エリクセン准将を中心に物語が描かれます。戦略情報部の代表であるエリクセン准将は、カリストでは数少ない開戦反対派でした。今の状況で外惑星連合が航空宇宙軍と戦っても、勝算はないとエリクセン准将は考えていました。しかし主流派の状況は、開戦に向かって動いていきます。それを回避するために、エリクセン准将は政府上層部に対するクーデターを計画していたのでした。

最初のクーデターは、航空宇宙軍の予想外の方針転換によって中止されました。エリクセン准将が提案した、地球・月連合への重水素の供給制限が予想外に地球経済に大きな動揺を与えたからです。地球側は、外惑星連合がこれまでに要求した9項目の要求のうち2項目を受け入れ、さらに他の項目についても話し合う余地があると通知してきたのです。

これによって、状況は大きく変わるかと思いきや、地球・月連合が提示した話し合いは、いつまでたっても開始されるめどが立ちません。会議のための日程さえ決まらないのです。今回このような提案をしたのは、地球・月連合が自分たちの経済を立て直すための時間稼ぎにすぎなかったのです。

それを察知した外惑星連合は、再び開戦に向けて動き始めます。そんな中、それでもエリクセン准将は、あくまでも戦うことを回避しようとします。そしてついに、クーデターを決行してしまうのでした。准将の率いる部隊は小規模ながら、ポイントを押さえた作戦で、政権の奪取に成功したかに見えました。しかし、状況は准将の思い描いたようには動きませんでした。

クーデターの実行で、幕僚会議議長であるダグラス将軍が殺害されたことで、見方に引き込んだはずの政治家の支持を、思った以上に得ることができなかったのです。自らの敗北を悟ったエリクセン准将は、カリスト防衛軍の今後を友人の山下准将に託して、自ら命を絶ったのでした。

クーデターの失敗により、前政権が復活すると共に、ダグラス将軍よりも好戦的なミッチナー将軍が幕僚会議議長の座に就くことになりました。その結果、外惑星連合は開戦へと向かって動き始めることになります。

というわけで、最初の1作を読み終えました。その感想は、もっと早く読んでおけばよかった!・・・でした。(^^;
近未来が舞台ということもあってか、作中のディティールが細やかで説得力が感じられました。個人的にツボだったのは、輸送船を仮装巡洋艦へと改装する計画の詳細が描かれていたこと、重水素禁輸という作戦を実行する前にそれが相手にどの程度の経済的な影響を与えるかをシミュレーションしていることなどです。

作戦の実施面をダンテ隊長の視点から描き、上層部の動きをエリクセン准将から描いていくという構成も、物語のスケールの大きさが感じられました。今回の完全版では、これまでに発表された作品ができる限り作中の年代に沿った形で刊行されるということですので、この先も楽しみです!(^^)