日々の記録

アニメと読書の感想をメインにしたブログです。 ☆ゆるゆるっと更新中です☆


読んでいない本について堂々と語る方法ピエール・バイヤールの「読んでいない本について堂々と語る方法」を読み終えました。

この挑戦的なタイトルだけ見ると、読書好きの人間にはとんでもない本のように思えますが、ある本を読んでいないのにそれについて語ることはできないという考えが、学校教育などで刷り込まれた思いこみだと気づかされました。

著者はまず、"本を読んだ"とはどういうことかから話を始めます。最初から一字一句、読み通すことなのか。それとも、流し読みで目を通した本も読んだことになるのか。人から内容を教えてもらった本ではどうなのか。

その上で著者は、完全に読み通した本であっても、その内容をいつまでも完全に覚えているわけではないこと。記憶違いや思い込み、そして読者それぞれの理解力の違いを考えると、さらに"読んだ本"の定義が難しくなることを指摘します。

そして著者は、3つの書物について語ります。1つは、共有図書館としての書物。どんな本も、その本があるジャンルの、どんな位置を占める書籍なのかは、本を読まなくても(せいぜい目次を読む程度で)知ることができるということ。
2つめは、内なる書物としての本。どんな読者も、その本を読むまでにどんな本を読んできたか、あるいはどんな経験をしてきたかが、その本に対する考え方に影響を及ぼさずにはいられないこと。
3つめは、幻影としての書物。読んだ本について語ろうとする時、内なる書物などの影響で、そこに個々の幻影が現れてるということ。

これらの著者独自の考え方がとても面白くて、いつの間にか内容に引き込まれていました。

そして、この本の中に施されている様々な仕掛けも楽しかったです。この本の中では、例として様々な本が紹介されているのですが、それぞれについて著者がどんな読み方をした本なのか、その評価はどれくらいなのかが示されています。それが実在の本だけでなく、ある本の中に登場する架空の書物までその対象になっているのが面白かったです。

さらに、「薔薇の名前」や「第三の男」などのネタバレがされているのですが、それが実際の本の内容と食い違うところがあることです。著者は先に、読んだことのある本でも記憶が曖昧なものがあるという例を出しましたが、それを実際に作中で実践してみせたのでした!(^^;

というわけで、かなり人を食った部分もある本なのですが、読書の背後にある権威主義や教養主義を皮肉っているようでもあり、なかなか楽しい本でした。この本を読んだことで、これまでよりも肩の力を抜いて読書を楽しむことができそうです。

掲載から1ヶ月以上経過した記事へのコメントには、原則として返信しません。













管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://ylupin.blog57.fc2.com/tb.php/9932-300ea670