日々の記録

アニメと読書の感想をメインにしたブログです。 ☆ゆるゆるっと更新中です☆


生き抜くための数学入門 (よりみちパン!セ)新井紀子さんの「生き抜くための数学入門」を読み終えました。

数学が嫌いな中高生くらいを対象に、数学の考え方や方法をできる限りかみくだいて解説している本でした。
最初の方はサクサクと読めますが、中盤以降は数式の意味を言葉で説明している部分が長くて、まどろっこしい感じでした。

この本を手に取るのは、多分数学が苦手な人だと思うので、ここで数学ってやっぱり難しくて面倒くさいと、挫折してしまう人も多いのではないかと思いました。

また後半で、オイラーの公式やゲーデルの不完全性定理にも触れていますが、その説明のためのページ数も少なく、この本の対象者を考えるとない方がいいと思いました。

本全体として見ると、数学が苦手な人にはやっぱり数学は嫌いだと思わせる内容で^^;、数学が得意な人には物足りない内容だったと思います。
本をサクサク読む技術 - 長編小説から翻訳モノまで (中公新書ラクレ)齋藤孝さんの「本をサクサク読む技術」を読み終えました。

多くの本を読み、多くの本を書かれている著者が、さまざまな種類の本を、さまざまな手法で読む技術を紹介している本でした。第1章では平行読書や斜め読みのすすめ、第2章では長編小説を挫折せずに読む方法、第3章では経済小説と歴史小説のすすめ、第4章では翻訳書・原書・理系本の読み方の紹介、第5章では本に関する情報の入手方法やレーベルごとの個性、書棚を持つことのすすめが書かれていました。

第1章の内容は、本好きの人なら多分すでに実践されていることが多いと思います。複数の本を平行して読んだり、手近なところに常に本を置いておく、出かける時は必ず本を1冊持って行くは、私も生活習慣になっています。
ただ、同じ著者の別の本でもすすめられている、本にじゃんじゃん書き込みをすることは、私はどうしても抵抗があります。学生時代は教科書に書き込みをするのは平気でしたが、今は技術書でもあまり書き込みはしたくありません。(^^;

これは多分、本当に大切だと思うことは、手を動かしてメモを取りたいからかもしれません。今はパソコンが身近なものになったので、メモファイルの作成やブログへの投稿という形で簡単にメモを残せるのがいいですね。パソコンでメモを管理すると、後から簡単に検索することができる点も気に入っています。

パソコンで思い出しましたが、英語の原書を読むのは、最新のコンピュータ事情を知りたいと思うと、どうしても必要になりますね。さまざまな技術ドキュメントは、詳細を知ろうと思うと英語の資料しかないことも多いですし、それが翻訳されるのを待っていると、その間にさらに技術が進化してしまうこともありますので。

今回一番参考になったのは、長編小説の読み方でした。会話の部分だけ拾い読みしたり、適度に内容を飛ばしながら読むという、かなり思い切った手法が紹介されていました。それで本当に読んだことになるのかという思いもありますが、途中で挫折して放置するよりは、飛ばし読みでも最後まで読んだ方が全体の概略を知ることはできます。
この方法を知っただけでも、この本を読んだ価値はあったなあと思いました。(^^)

最後に、著者の読書に関する本を他にも読んだことがあったようなと思って調べてみたら、2007年に「読書力」を読んでいました。
もう9年前くらいです。月日の経つのは早いものだと、しみじみと思いました。(^^;
オービタル・クラウド藤井太洋さんの「オービタル・クラウド」を読み終えました。

物語の舞台は、2020年です。流れ星の予測をする「メテオ・ニュース」というサイトを運営する木村和海は、サフィール3と呼ばれるロケットのボディが、軌道上で不可解な動きをしていることに気づきました。その些細な出来事は、大がかりな軌道上のテロの始まりでした。

そして和海は、フリーのITエンジニアの明利と共に、JAXA職員の黒崎、関口、そしてCIA、北米航空宇宙防衛軍(NORAD)と力を合わせて、テロを阻止するために行動することになりました。

ハードカバーで500ページほどの作品でしが、長さを感じさせない面白さがありました。舞台となっているのが2020年という近未来なこともあり、そこに登場する技術が聞いたことはあるようなものなのがよかったです。

メインとなるテザー推進は初めて知りましたが、テロの実行犯を見つけ出すのに使われるのが、ローコストなシングルボード・コンピュータとして知られるRaspberry Piだったり、和海のサイトの運営に利用されているのがアマゾンのウェブサービスらしかったり、クリック型広告にウィルスが仕込まれていたり、実際にイメージできるものが多かったので、よりリアリティを感じました。

物語は複数の視点から描かれますが、犯人側の行動の動機となっているのが、先進国と途上国の宇宙開発技術の圧倒的な差だったりして、犯人側にも共感できる部分があったのがよかったです。そして犯人がそこに追い込まれる原因が、技術は全く理解していないのに、巨額の資金を動かす権限は持っている政治家だったという理不尽さには、哀しさと情けなさを感じました。
大栗先生の超弦理論入門 (ブルーバックス)先に読んだ「重力とは何か」が面白かったので、同じ著者が超弦理論についてより詳しく解説している、この本を読んでみました。

「重力とは何か」と同じくこの本も、素人にもわかりやく噛み砕き、様々な比喩を使って超弦理論とは何かを解説していました。これは著者が、超弦理論について十分理解している証拠だと思います。本質的なところをきちんと押さえているから、このようにわかりやすい説明ができるのだと思います。

それを一番強く感じたのは、第5章でゲージ原理を説明するのに、金融市場を例にして説明されているところでした。
この説明のおかげで、ゲージ原理という別世界のもののように思えたものが、身近なものとしてとらえることができました。こういう柔軟な説明ができる著者の頭の良さに、本当に感心しました。

内容的には、それでも後半はやはり難しかったですが(32次元とか登場しますし^^;)、物理学の最先端ではどんな研究が行われているのかを垣間見ることができて、わからないけれどワクワクしました。そして、空間は幻想、時間も幻想と話を発展させていった先で、では我々人間とはどういう存在なのかという哲学的な問題が浮かび上がってくるのも興味深かったです。

最後に、あとがきを読んで感心したのは、著者が自分たちの研究を支えてくれている、世界中の納税者への感謝について触れていたことでした。こういった最先端の研究は、実用的な研究と比べて、現時点では何の役に立つのかわからないことが多いです。でもだからといって、そういった研究への予算をカットしてしまうと、これから先の人類の可能性や選択肢を減らしてしまうと個人的には思っています。

しかし、そういった研究者が自分たちが支援されるのは当然だと思うのは、やはり傲慢だと感じます。大切な税金を使って研究させてもらっているという、謙虚な気持ちは忘れて欲しくありません。
その点、大栗先生は研究者として優れているだけでなく、人格者としても優れていると感じました。

研究者以上に税金を使っているくせに、ちっとも謙虚さが感じられない政治家どもに、大栗先生の爪の垢を煎じて飲ませたいですね。(^^;
おもしろ古典教室 (ちくまプリマー新書)上野誠さんの「おもしろ古典教室」を読み終えました。

この本は、高校生くらいを対象に、かなりくだけた文章で古典の面白さを伝えようとしています。最初は、そのあまりのくだけぶりが気になりましたが、読み進むにつれて気にならなくなりました。扱っているのは、主に日本の古典ですが、中国の論語や荘子の紹介、また文学や和歌の紹介だけでなく、歌舞伎の面白さや古典にゆかりの場所を訪れる楽しみなども紹介されています。

北村薫さんの作品などを読んでいると、時折無性に日本の古典が読んでみたくなりますが、書店などでパラパラと本に目を通してみると、独特の漢字の読み方や注釈の多さに圧倒されて、今ひとつ踏み込むのをためらってしまいます。
しかし、著者は古典を学ぶことの本当の意味は、ただ単にそれを読むことではなく、そこから読み取ったものを今この時や自分に活かすことにあると主張されていて、これには共感できるものがありました。

今回この本と出会ったことで、その中で紹介されていた「徒然草」と芥川龍之介の「竜」が面白そうだと思いました。
「徒然草」は学校の授業で習って以来ですが、こういう機会でもないと改めて読んでみようとは思わないので、この機会にチャレンジしてみようと思います!(^^)
芥川の方は、新潮文庫で発売されているものを古本屋で見つけるたびに、いつか読もうと買い集めていましたので、こちらも読んでみようと思います。
アンと青春坂木司さんの「和菓子のアン」の続編、「アンと青春」を読み終えました。

前作の「和菓子のアン」も面白かったですが、2作目となる「アンと青春」も面白かったです。書店で見かけた時に、思わず笑ってしまったのは、そのタイトルでした。赤毛のアン・シリーズに引っかけているんですね。(^^;

今回もデパ地下の和菓子屋さんで働くアンちゃんが、ちょっとした謎と関わることになります。それと同時に、アンちゃんは自分の将来を思い悩んでいます。でも、アンちゃんの性格の良さは前作から変わらず、安心して読める作品でした。とはいえ、アンちゃんの周りの環境にも、ちょっとした変化が生まれています。

その1つが、アンちゃんのお店の隣にオープンした洋菓子屋「K」の柏木さんです。柏木さんは、今は洋菓子屋の見習いですが、その前には和菓子屋の世界にも関わっていたことがあるようです。でも、気の弱さと意志の弱さから、何をやっても長続きせず、フラフラと頼りない感じです。そして柏木さんが原因で、アンちゃんは同じお店の立花さんと気まずい雰囲気になってしまいます。

前作同様、今作も読んでいるだけで、お腹がすいてきます。(^^; 作中の食べ物の描写が秀逸です!
物語の基本的な雰囲気は軽くて読みやすいですが、扱っているテーマは意外と重くて、ちょっと胃もたれしそうな部分もありました。贈り物に隠された悪意とか、異常なまでに娘の健康に執着する母親とかは、読んでいて辛かったです。

そして最後に気になるのは、この続編のタイトルです。やはり赤毛のアン・シリーズにならって、「アンと愛情」にして欲しいですね。(^^;
重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る (幻冬舎新書)大栗博司さんの「重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る」を読み終えました。

最近マイブームの^^;、超弦理論についてわかりやすく解説してくれる本はないかと探していて、この本を見つけました。著者は現役の研究者だそうですが、とにかくその説明がとてもわかりやすいです。一部難しいところもありますが、それでもよくこれだけ噛み砕いて説明してくれたものだと感心しました。そして何より、この本からは科学に対する著者の情熱が伝わってきました。

第1章では、重力の持つ7つの不思議な解説されます。そして第2章では特殊相対性理論、第3章では一般相対性理論、第4章ではアインシュタイン理論の限界が示されます。第5章では、後に続く超弦理論の理解のために量子力学へと話が飛びます。そして第6章で、いよいよ超弦理論の登場です。しかし、その理論はまだ完全に確立されたものではなく、多くの問題点も抱えています。第7章では、ホーキングの思考実験と重力のホログラフィー理論が解説されます。この7章が一番難しくて、わかりやすい説明を読んでもそれが次々と頭からこぼれ落ちていく感じでした。(^^;
最後の第8章では、超弦理論のこれからが語られています。

この本を読んで一番感動したのは、マクロな理論である重力理論と、ミクロな理論である量子理論が、宇宙の謎に迫る過程で1つにまとまってくるところでした。無限大に大きなものが、無限小に小さなものとつながっている。その不思議さに圧倒されました。
顕微鏡で小さなものをのぞいていたら、そこに宇宙が見えて、その宇宙をのぞいたら地球があって、そこには顕微鏡をのぞいている自分の後ろ姿が見えたような気分です。
ユークリッドの窓: 平行線から超空間にいたる幾何学の物語 (ちくま学芸文庫)レナード・ムロディナウさんの「ユークリッドの窓」を読み終えました。著者は「新スター・トレック」なども手がけた脚本家さんだそうです。

この本では古代ギリシアのユークリッド幾何学から始まり、その歴史を追いながらデカルト、ガウス、アインシュタイン、ウィッテンへと続く道のりをたどります。実用的なところからスタートした幾何学ですが、それはやがて非ユークリッド幾何学へと発展して、広大な宇宙のことから、小さな素粒子の世界までつながっていきます。

最初は軽い読み物として読み始めましたが、中盤以降難しくなり、後半のひも理論やM理論になると、11次元の空間の話が出てきたりして、まさに異次元な読み心地でした。(^^;

著者の語り口は軽快ですが、その子供のアレクセイとニコライが登場する説明は、今ひとつわかりにくかったです。
それから、本文中にやたらと注があるのも思考の流れが途切れて、読みづらさを感じました。

それでも、この本を読んでいる間、とてもワクワクしました。学生時代は数学が嫌いでしたが、この本を読んで数学って楽しいなあと思いました。単に問題を解いて答えを出すだけでなく、どうしてこういう結果が導き出されるのか、そしてそういった方法が発見されるまでにはどんな歴史があったのか、そういうことに私は興味があるのだと気づかされました。
光と重力 ニュートンとアインシュタインが考えたこと 一般相対性理論とは何か (ブルーバックス)小山慶太さんの「光と重力 ニュートンとアインシュタインが考えたこと」を読み終えました。

ニュートンからアインシュタインへとつながる、物理学の歴史が語られている本でした。読み始めた最初は、著者がニュートンとアインシュタインが孤独だったからこそ偉大な業績を残したと、強引に押しつけてくるところが鼻につきました。

でも、その部分に目をつむれば、素人にもわかりやすくニュートンやアインシュタインの理論が解説されていたと思います。内容的には、先に読んだサイモン・シンさんの「宇宙創成」とだぶる部分がありましたが、個人的にはサイモン・シンさんの本の方がわかりやすかったです。

この本で特に気になったのは、第5章で様々な方程式が紹介されていたことです。それを補足するために、コラムが用意されていましたが、ますますわけがわからなくなっただけでした。(^^;
コラムという形で内容を補足するのではなく、他の入門書や解説書を紹介するなどして、より詳しい内容を知りたい人はそちらに誘導した方がいいのではないかと思いました。
ヒッグス粒子の謎(祥伝社新書290)ニュースでもよく見かけるヒッグス粒子とは何かを知りたくて、この本を手に取りました。

ニュースなどでも時折その言葉を目にするヒッグス粒子。重力に関わる何からしいことは聞いたことがあるのですが、もう少し詳しく知りたくて、この本を読みました。一般人にもわかりやすい文章で、最先端の分野では何を研究していて、どんな理論を実証しようとしているのかが、よくわかりました。そして説明の過程で、これは今わかっている、これは今はわからないと、はっきりと説明されているのもよかったです。

第1章と第2章で、ヒッグス粒子とはどんなもので、どうやってそれを調べているのかが解説されています。続く第3章では、それまでの内容を踏まえて真空は何もないわけでなく、なぜヒッグス場と呼ばれる状態になっているのかが説明されます。そして第4章では、これからの研究テーマとして超対称性理論と余剰次元理論が紹介されています。
正直、この第4章はわかったような、わからないような・・・。(^^; 超対称性とか、超弦理論とか、この分野には妙に中二心をくすぐるネーミングが多いかも。(笑)
白い仮説・黒い仮説竹内薫さんの「白い仮説 黒い仮説」を読み終えました。

この本では、白い仮説と黒い仮説という2つの視点から、身近な出来事から想像を超えるような出来事までが語られています。著者の定義する白い仮説とは、実験や証明によって検証された定説のこと。黒い仮説とは、検証されておらず限りなく嘘に近い説のことです。とはいえ白黒はっきりつけているのではなく、どれだけ白に近いか、どれだけ黒に近いかというグレー度という指標で、その信憑性を計っているところが面白かったです。

第1章と第2章では、比較的身近な話題が取り上げられています。マイナスイオンから始まり、ミネラルウォーター、酒豪と下戸、記憶とアロマ、血液型性格分類、カロリーゼロの食品、ギャンブルの成功率、視聴率、平均と中央値の違い、北極の不思議、GPS衛星の時計の誤差、原発の臨界についてです。

第3章と第4章では、SFのような話題が取り上げられています。脳をスキャンして考えを読み取る話、マンモス絶滅の原因、逆クレブス回路により無機物から有機物を作り出す話、地球の北と南が入れ替わるかもしれない話、宇宙が子供を産む話、ブラックホールの話、時間の話です。

前半では、視聴率の誤差の話が面白かったです。
テレビの視聴率は、関東では600世帯を対象に行われているそうです。その誤差をおおよそ知るには、調査数の平方根を求めればいいのだそうです。600の平方根は、およそ24。なので24世帯の差がついていれば、順位づけをしても構わないのだそうです。さらに、これをパーセントに直すと、24 ÷ 600 × 100なので、4%以上の差があればある番組が別の番組よりも視聴率がよいと言っていいのだそうです。

後半では、人間の時間と宇宙の時間の話が面白かったです。
その中でも、人間が感じられる最短の時間は、およそ 3/100秒。そして最大の時間は、およそ3秒という話が面白かったです。3秒はいくらなんでも短すぎるのではと思いましたが、およそ3秒で人間の意識はリフレッシュされているらしいです。その証拠として、ネッカーの立方体が紹介されていました。自分で試してみると、確かにある間隔で立方体の見え方が変化して驚きました。

そして最後のエピローグで語られていた、「〜といわれています」という表現には気をつけたいと思いました。
例えば、「身体によいといわれています」という言い回しです。これは、そう言われているだけであって、その結果について何ら保証しているわけではありません。こういう表現は、よく広告でも見られるので注意しようと思いました。
しないことリスト「ニートの歩き方」などで知られる、phaさんの「しないことリスト」を読み終えました。

この本では、phaさんが4つの章で、所有しないリスト、努力しないリスト、自分のせいにしないリスト、期待しないリストを紹介しています。情報機器が発展したおかげで、私たちの生活はとても便利になりました。しかし、それに伴って処理できる以上の情報が、私たちのところに届けられています。私自身そんな状態に疑問を持っていたので、phaさんの薦める「しないことリスト」には共感できるものがありました。

この本に書かれている考え方を知ったことで、少し肩の力が抜けた気がします。特に自己責任は50%、あとの50%は自分ではどうしようもない、という考え方は生きるのが楽になりそうでいいなあと思いました。

また認知のゆがみの10パターンも、参考になりました。

1.全か無かの考え・・・・・少しの失敗で、全てがダメになったと考える
2.極度の一般化・・・・・・1回よくないことがあっただけで、いつもそうだと考える。
3.心のフィルター・・・・・良い面も悪い面もあるはずなのに、悪い面しか目に入らない。
4.マイナス思考・・・・・・褒められても、「まぐれ」や「何もわかってない」とマイナスに考えてしまう。
5.論理の飛躍・・・・・・・他人の行動などを、根拠なく悪い方に関連づけて考える。
6.過大評価と過小評価・・・欠点や失敗を実際以上に大きく考え、良い点や成功を小さく考える。
7.感情的な決めつけ・・・・不安だから失敗するなど、感情で全てを決めつけてしまう。
8.〜すべき思考・・・・・・〜すべき、〜すべきでないと、原理原則で考えて自分や他人にイライラしてしまう。
9.レッテル貼り・・・・・・自分はダメ人間だ、などのレッテルを貼って決めつける。
10.誤った自己責任化・・・・何かトラブルが起きた時、全て自分が悪いと考えてしまう。

それから、本を読んだ後のメモの取り方も参考になりました。

1.重要度:なし・・・メモをとらない。読書量を確認したい場合、読んだ記録のみ読書記録に残す。
2.重要度:低い・・・面白い部分、気になった部分を読書記録に残す。
3.重要度: 中 ・・・本全体が面白く後から参照したい部分が多い場合、要点を自分だけがわかる程度にまとめる。
4.重要度:高い・・・面白くて他人にも勧めたい本の場合、要点を人が読んでも面白さがわかるようにまとめる。

ちょっと共感できなかったのは、しないために友人を増やそうという部分でした。一般には友人は多い方がいいと思われていますが、個人的な経験ではあまり友人が多いと、友人に振り回されることも多くなるように思います。
それが苦にならない人はそれでいいのですが、それをたいへんだと感じてしまう人は、あえて友人を減らす選択もあるのではないかと思いました。
「落ち込まない」「悩まない」私の方法NHKの「モタさんの“言葉”」などで知られる、斎藤茂太さんの『「落ち込まない」「悩まない」私の方法』を読み終えました。

この本には、69本の短いエッセイ形式で、斎藤茂太さんが「不機嫌にならない方法」や「好きな人から好かれる方法」、「感情のコントロール方法」、「グズにならない方法」、「人にやさしくなる方法」、「人生の大切なことを見失わない方法」などを語られています。

どの文章も、作者の温かい人柄が感じられて、この本を読んでいるだけで気持ちが落ち着きます。
落ち込みやすく、悩みやすい、私にはとても参考になりました。この本を読んだおかげで、適度にいい加減に生きることも必要だなあと、あらためて思い知りました。

本の中では、身近な困ったちゃんの例も紹介されているのですが、これはあの人みたいだなあとか、こっちはこの人みたいだと思える事例も多くて、本を読みながら思わずにやりとしてしまいました。(^^;
宇宙創成〈下〉 (新潮文庫)サイモン・シンの「宇宙創成(下)」を読み終えました。

前巻の終わりで、ようやく膨張する宇宙というモデルが登場しました。しかし、それが広く支持されるようになるまでには、さらなる論争と観測が必要でした。そしてビッグバン・モデルに対して、定常宇宙モデルという考え方が生まれました。しかし2つのモデルは、それぞれに一長一短があり、優れた科学者ですらどちらが正しいとは、すぐには結論を出すことができませんでした。

その突破口となったのは、天文学ではなく原子物理学でした。下巻ではなぜ宇宙のことを知るのに原子物理学が必要となったのか、それがわかりやすく解説されています。そして新たな観測手段として、電波天文学という方法が生まれます。
これがきっかけとなり、ビッグバン・モデルが予測したCMB放射がある偶然から発見されました。
それによって、ビッグバン・モデルと定常宇宙モデルとの論争は、一気にビッグバン・モデルへと傾くことになりました。

前巻を読んだ時も、新たな仮説が立証されるまでの紆余曲折が印象的でしたが、下巻でもそれは健在でした。新たな仮説が受け入れられるまでに、人間はいかに多くの間違いを犯して、そしてそれを正してきたのかと思うと、その重さに頭がクラクラしました。それと同時に、宇宙がどうなっているかを知りたいという強い好奇心が、ここまで人間を進化させてきたのだなあとしみじみと思いました。

宇宙がどうして始まったのか、それを知らなくても日常生活に支障はないかもしれません。でも誰もそれを知りたいと思わない世界だったら、この世界はもっと寂しい場所だったろうなあと思いました。
少年の夢 (河出文庫)梅原猛さんの「少年の夢」を読み終えました。この本には、梅原さんがかって高校生と小学生に行った2つの講演の内容が収録されていました。

梅原さんの本は、「隠された十字架 法隆寺論」くらいしか読んだことがないのですが、その時のインパクトが大きくてずっと気になる存在でした。普段は梅原さんの本を見かけても、購入にまでは至らないのですが、帯に書かれた「心に傷があるから夢を見る」という言葉に感じるものがあって、購入して読みました。

2つの講演では、やはり高校生向けの講演の方が得るものがありました。誰でも心に、何かしらの傷を持っている。しかし自暴自棄になることなく、その傷を埋めるために想像力を働かせて夢を見た人が大きな仕事を成し遂げていると、心に傷を持った人を勇気づけてくれます。

この言葉に、私は救われた気がしました。病気になり普通に働くことが困難になって以来、いつも心に負い目を感じていました。しかし、その経験があったおかげで、普通の人とは違う経験をすることができました。そして苦しんでいるのは、自分一人ではないと知ることもできました。そして、こんな自分でもできることがあると知ることができました。

梅原さんの言葉に出会ったことで、心に傷があったからこそ知ることができたことに気づきました。この言葉に出会えただけでも、この本を読んでよかったと思いました。そしてこれから先、私がまた落ち込んだ時に、この本の言葉が私を支えてくれるような気がします。(^^)

というわけで、内容的には文句のない1冊なのですが、1つだけ気になったことがありました。それは講演中で紹介されている人物の略歴や、講演とは別に書かれた「百人一語」というエッセイが話の合間に挿入されていることです。それが講演の流れを断ち切り、せっかくの内容を読みづらくしてしまっているのだけが残念でした。
略歴は本文中に入れるのではなく、ページ末か巻末に注釈としてまとめ、「百人一語」はそれだけをまとめた本として読みたかったです。
武士道ジェネレーション誉田哲也さんの「武士道ジェネレーション」を読み終えました。この作品は、「武士道シックスティーン」から続いてきたシリーズの完結編です。

物語は、いきなり早苗の結婚式から始まりました。でも、3作目である「武士道エイティーン」を読んだのは5年以上前だったので、早苗と香織以外の登場人物はほとんど覚えていませんでした。(^^;
最初はそれに戸惑いつつ読み進みましたが、今回は早苗と香織の対決ではなく、早苗は剣道からはほぼ身を引き、武士道を追求するのは香織のみとなりました。

それと合わせて、桐谷道場の後継者問題が表面化してきました。道場主の桐谷玄明が、心臓を悪くして道場の閉鎖までも考え始めたからです。香織は、玄明先生の後を継ぐのは、早苗の夫でもある沢谷さんしかないと思っていました。しかし、現職の警察官である沢谷に、玄明先生は警官を続けることを願っていました。それゆえに玄明先生は、沢谷を後継者にはしないと決めていたのでした。

そんな中、香織はそれならば自分が道場の後継者にと考えます。しかし、桐谷道場には香織が知らなかった裏奥義があったのでした。道場を継ぐためには、それを学ばなくてはなりません。しかしその技は、打撃や投げ、関節技まで含めたバリエーションがあり、一般的な剣道の枠を越えていました。香織は、沢谷さんからその技を学ぶことになりました。

この他にも、香織が指導する中学生・悠斗君にまつわるエピソードや、アメリカ人の剣道好きが日本にやって来たりと、さまざまなエピソードが詰め込まれていました。ただ、エピソードの中に南京大虐殺や従軍慰安婦問題、アメリカの戦争責任などが取り込まれていたのは、ちょっと重たかったです。私自身、それらについて詳しく知りませんし、それらについて感情的に語る人達も好きになれないからです。

とはいえ、最後まで面白く読むことはできました。「武士道エイティーン」の時は、この続きが読みたいと思いましたが、今回は本当に完結したなあという感じでした。・・・ただできれば、エイティーンの後もう少し早い時期にこの本を出して欲しかったかも。(^^;

そうそう。この本には、白と赤の2本のスピンがついています。本を読み始める前は、なんだこれは!?と思ったのですが、読み進めていくうちに内容に合わせた粋な計らいだなあと思いました。(^^)
宇宙創成〈上〉 (新潮文庫)サイモン・シンの「宇宙創成(上)」を読み終えました。

「フェルマーの最終定理」や「暗号解読」のサイモン・シンさんが、ビッグバン・モデルについてわかりやすく解説してくれる本です。上巻では、そこに至るまでの歴史が語られました。この著者の他の本でもそうでしたが、この本も難しそうな内容をとてもわかりやすく解説されていて読みやすかったです。(^^)

ギリシアの哲学者による宇宙を説明しようとする試みから始まり、天動説に代わって地動説が受け入れられるまでの歴史、惑星の軌道にまつわる話、光の速度にまつわる話、重力にまつわる話、アインシュタインの相対性理論の話、星までの距離の話、私たちの住む天の川銀河とその他の銀河の話、そして宇宙は膨張しているというビッグバン理論に至るまでの話、どの話もそれに関わった人々の思いや、過去の業績の足場にさらに先へと進もうとする努力が、たいへん興味深く語られていました。

まだ上巻を読み終えただけですが、この本を読んでいて科学の進歩について何度も考えさせられました。特に、科学を進歩させるのは人間ですが、時として進歩を阻む最大の障害となるのもまた人間だと思い知らされました。
上巻ではアインシュタインにまつわるエピソードに、それを強く感じました。相対性理論という画期的な理論を生み出したアインシュタインですが、その業績があまりに大きすぎたせいで彼自身が権威になってしまい、膨張する宇宙という画期的な考え方を否定することになりました。

こうして話は膨張する宇宙までたどり着きましたが、そうなると気になるのは宇宙の外側はどうなっているかですね。(^^; 本気で考え始めると寝られなくなりそうですが。(笑)
(041)「しないこと」リストのすすめ: 人生を豊かにする引き算の発想 (ポプラ新書)辻信一さんの『「しないこと」リストのすすめ 人生を豊かにする引き算の発想』を読み終えました。

あれもしたい、これもしたいと、常に何か「すること」に追われている私たちの生活。そんな生活を見直すきっかけとして、この本を読んでみました。

本書の中で著者は、「すること」のリストだけでなく、「しないこと」のリストを作ってみることを提案しています。
普段の生活では「しないこと」に罪悪感を持ってしまいますが、「すること」ばかりが良いのではないと気づかされました。著者の指摘しているように、「すること」は無限に増殖していきます。それがひいては、無駄な消費や資源の浪費につながることになります。

ただ本書は200ページ程度の新書なのですが、内容的な繰り返しが多いところが気になりました。繰り返しを省けば、もっと薄くてコンパクトな本になったのにと思えました。それから、内容的な部分では著者の主張が書かれている本文よりも、さまざまな人たちの言葉を引用した部分の方が記憶に残りました。(^^;

個人的に気に入ったのは・・・

なによりもまず、いらいらするな。
なぜならすべては宇宙の自然に従っているのだ。
そしてまもなく君は何物でもなくなり、
どこにもいなくなる。           マルクス・アウレーリウス「自省録」

高く登ろうと思うなら、自分の脚を使うことだ!
高いところへは、他人によって運ばれてはならない。
ひとの背中や頭に乗ってはならない!    ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った」

愚かな者を道伴れ(みちづれ)とするな。
独りで行くほうがよい。孤独(ひとり)で歩め。
悪いことをするな。求めるところは少なくあれ。
林の中にいる象のように。         ブッダ「真理のことば。感興のことば」

・・・などでした。
翼に日の丸(下) 閃風篇<翼に日の丸> (角川文庫)上巻と同じく中巻から1年を経て、ようやく「翼に日の丸(下) 閃風篇」を読み終えました。

上・中巻は、ほぼ「ラバウル烈風空戦録」で語られた内容の語り直しでしたが、この下巻では「ラバウル」では描かれなかった終戦までの戦いが描かれました。

新型戦闘機・烈風と共に前線に向かった風間たちでしたが、そこでは以前よりも過酷で激しい戦いが繰り広げられていました。そんな中、これまで風間を導いてくれた隊長である三田隊長が戦場で命を落としました。その時の戦いで重傷を負った風間は、内地へと送還されました。

体と心の傷を癒やした風間は、しばらくは新人戦闘機乗りの教師役として過ごします。その間にも、この架空世界の状況は動いていました。ドイツ軍を率いていたヒトラーが、反対勢力の謀略によって死亡したのです。それによって、ドイツは交戦姿勢から転換して、米英との和平の動きを見せ始めました。

それがきっかけとなり、ドイツで開発が進められていたジェット戦闘機の情報と実機が、日本にもたらされることになりました。米国の物量に物を言わせた攻撃に悩まされていた日本軍を、この技術が救うことになりました。こうして生まれたのが、初のジェット戦闘機である閃風です。教師役から新兵器のテスト飛行を担当する部署へと異動していた風間は、そのテストに加わることになりました。

ここからの展開は、かなりSF的になるので、それまでの戦記風の物語色が薄れてしまった感じで、今ひとつな展開でした。概略だけを書いておくと、風間たちの奮闘や次々に投入される新兵器のおかげで、この世界の日本には原爆が投下されることもなく、1948年の12月に終戦を迎えることになります。

何はともあれ、未完になっていた「ラバウル烈風空戦録」の"その後"を知ることができたのがよかったです。
ただ、下巻の中盤以降は物語の展開が駆け足になり、都合良く開発された新兵器や新装備が満載なのに戸惑いました。
いろいろと事情はあったのでしょうが、やはりラバウルはラバウルのままで完結させて欲しかったです。
それでも、読書をやめない理由デヴィッド・L・ユーリンさんの「それでも、読書をやめない理由」を読み終えました。

この本の著者は、文芸批評などを仕事としていて、普通の人よりは本に関わる時間がたくさんあります。しかし、そんな著者は、あるとき本を読む時間が減っていることに気づきました。それはネットの影響でした。パソコンの前に向かった時、ついつい気になるブログやニュースサイト、動画などを見てしまい、その結果として本を読む時間が奪われていたのでした。

それを手始めに、著者は本を読むということはどういうことなのか、深く考察していきます。そしてテレビなどのメディアと違い、読書を成立させるには読者の積極的な介入が不可欠なことに気がつきます。物語を生み出す作者と、読み手である読者。この2つがそろって、初めて読書という体験が生まれるのです。

学生時代の国語の授業では、この作品のこの箇所は何を言わんとしているか、そればかりが重要視されます。しかし、本の読み方というのは、人の数だけあっていいものです。極論を言えば、誤読も含めて読者がその本から何を体験するかが重要なことだと思います。

本の後半では、電子書籍についても触れられています。著者と同じく、私も今ひとつ電子書籍は苦手です。絶版になってしまった本が読めたり、置き場所に困らないなどのメリットもありますが、紙の本の装丁やページの割り付け、そして読みたかった本を苦労して手に入れた時の所有する喜び、これは電子書籍では味わえない楽しさです。

紙の本で、個人的に今一番気に入っているのは、新潮クレストという現代文学を紹介するシリーズです。
カバーのデザインや印刷している紙の手触り、そして厚さの割に軽く感じる紙質がお気に入りです。(^^)

話が脱線してしまいましたが、著者は電子書籍やネットの良い面も取り上げています。一部の電子書籍では、紙の本ではできない、電子書籍ならではの試みが行われています。さらにfacebookを使った同じ本を読んだ若者たちの、これまでにはない新たなつながり方も紹介されていました。

この本を読んだおかげで、読書することについて考える機会を持つことができました。著者と同じく、私もこれからも読書を続けていくでしょうし、本のない生活は考えられません。
楽聖物語銭形平次の著者として有名な野村胡堂さんは、音楽評論家としても活躍されて、その時の筆名が野村あらえびすです。その音楽についての本から、青空文庫でも公開されている「楽聖物語」を読みました。

この本では、多くの著名な作曲家の紹介と、お薦めのSPレコードが紹介されています。ヘンデルから始まり、ドビュッシーまでと、そこに書き切れなかった作曲家たちを別伝として、さらに紹介しています。
個人的にもクラシック音楽に興味がありますので、それなりに著名な作曲家については知っているつもりでしたが、普段あまり聞かない作曲家については、こんな人だったんだとか、こんな曲を作っていたんだという発見があって面白かったです。

作家としても活躍されていた著者だけあって、その語り口が上手い上に、音楽に対する深い情熱が感じられる文章で、とても引き込まれました。残念ながら、紹介されているSPレコードの情報は古くなってしまいましたが、その一部は「あらえびす SP名曲決定盤」というCDコレクションとして発売されています。このCDに興味はありますが、お値段がかなり高いのが残念です。(涙)

この本を読んだ影響で、デジタルミュージックとして廉価で販売されているヘンデルやブラームスの音楽集を購入してしまいました。(^^;
価格が安いせいもあって、録音状態が悪いものや演奏内容が今ひとつな曲もありましたが、これがきっかけとなって音楽の興味の範囲がさらに広がりました。
作家の読書道Web上で読むこともできますが、紙の本で読む方が読みやすいので、本になったものを読んでみました。

Part 1 〜 Part 3 の3部構成になっていますが、その中では Part 1 に登場した作家さんが紹介された本が一番わたしの好みでした。逆に、Part 2 の作家さんは好みとずれている方が多かったです。

以前から聞いていたことですが、作家さんの中にも本をめちゃくちゃ読む人と、ほとんど読まない人があります。たくさん読む人は、本好きが高じて作家になってしまった感じです。読まない人は、既に自分の中に書きたいことがあって、核のが忙しすぎて読む暇がない感じですね。

中には、読書好きなんだけれど、作家になってしまったために好きな本を読む時間がなくなってしまった方もいて^^;、そういうこともあるのかと驚きました。でも、どの作家さんも作品を書くための資料読みはされていますね。作品を生み出すには、こういう地道な下調べが大切なんだなあと感心しました。

この本を読んだおかげで、これまで手に取らなかった本の中に面白そうな本を見つけました。それでなくても、読みたい本が山ほどあるのに、またその山が増えてしまいました。(^^;
仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か魚川祐司さんの『仏教思想のゼロポイント 「悟り」とは何か』を読み終えました。

夢枕獏さんの小説を読んだのがきっかけで、仏教の思想に興味を持つようになりました。あれこれ本を読みましたが、今ひとつわかったようなわからないような感じです。その時に読んだ本の中で、ずっと心にひっかかっていたのが増谷文雄さんの「釈尊のさとり」でした。この本の詳細は忘れてしまいましたが、「悟り」とは直観だと結論されていました。
この直観ということが、今までどうにもわからずモヤモヤとしていました。それが今回、この「仏教思想のゼロポイント」を読んだことで、すっきりとした気がしました。

この本では、仏教とは何かということを、その根本から噛み砕いて解説しています。著者は仏教の中でも釈尊の教えそのものを実践しようとするテーラワーダ仏教と深い関わりがありますので、現在広まっている大乗仏教に対して批判的な立場のようです。私自身は、仏教の思想には興味があっても、宗教としての仏教には全く関心がないので、特に抵抗なく読み進めることができました。でも人によっては、この部分が気になる方もいるかもしれません。

まず最初に、著者は仏教の基本構造を明らかにします。そこから論理を積み重ねて、輪廻とは何なのか、解脱とは何なのか、涅槃とは何なのかと話を進めていきます。簡単な用語解説はありますが、論を進める中で仏教用語やパーリ語が飛び出してきますので、全く初めて仏教について学ぼうという方には、少し難しいかもしれません。でも、わからない言葉は後から調べることにして、とりあえず一通り読み通すと著者の言わんとしているところを垣間見ることができると思います。

この本で私が一番衝撃的だったのは、「あとがき」に書かれていたある出来事でした。瞑想センターで瞑想を実践している西洋人に、著者は「あなたは仏教徒なのか」と尋ねました。すると「そんなことはどうでもいい」という返事が返ってきました。彼にとっては仏教徒であることが大切なのではなく、自らの持つ問いに対する答えを得ることや、人生の指針を得ることが大切なのでした。

仏教という思想を、ただ盲信するのではなく、最終的は判断は自らで下す自由を持ち続けること。これは何かを学ぶ時に、絶対に必要な視点だと気づきました。その道の権威者が言うことだから間違いないと思考停止することなく、自らの意思で考えて判断を下すこと。この視点に気づかせてくれただけでも、この本を読んだ価値があったと思いました。
野宿入門最近の日本では、大地震があったり、洪水があったりと、さまざまな自然災害が数多く起きています。いつ自分がその被害者となり、避難生活を送ることになるかもしれないと思っていた時、この「野宿入門」と出会いました。

著者は女性なのですが、なんと高校時代から野宿をした経験があるという強者です。そんな著者が、野宿の魅力や心得をかなり軽い文体で語っている本でした。読む前は、もっとサバイバル的な本なのかと思っていたのですが、積極的に野宿を楽しむという観点から、寝袋を用意したりある程度の装備を用意したりして、純粋な野宿というよりはキャンプの延長のような気がしました。

著者は野宿愛好家を増やしたいという気持ちがあるからなのでしょうが、かなり軽い文体で野宿をすすめています。しかし、作中でも触れられているように、まかり間違えば命の危険すらあることは忘れてはいけないことだと思いました。
この本を読んで安易に野宿をして、事故に遭う人がいるのではないかと心配になりました。何が起きても自己責任、野宿中に危険を感じたら中断して逃げることも必要だと思いました。

野宿のような非日常的な体験から、何か得るものがあるとは思いますが、それは本当に野宿でなければ体験できないことなのかと疑問に思いました。強いて言うなら街中で寝るのは、野宿じゃないと無理かなあと思いますが、人が多く集まる場所はそれだけ危険も大きいと思います。それだけの危険を冒すだけの魅力が野宿にあるとは、私には思えませんでした。(^^;
東大流よみなおし日本史講義歴史は好きなのですが、昔から世界史は大好きなのに、日本史はちょっと苦手でした。何かとっつきやすい日本史の本はないかな〜と思っている時に、この本を見つけました。

この本は、Q&A方式で日本の歴史を古代から現代までたどっていきます。歴史は不変なものではなく、新しい資料の発見などによって、日々変化しています。テレビのクイズ番組などでそれは知っていましたが、この本のような形でまとめて読むのは初めてでした。

項目は一応年代順に並んでいますが、個々の内容は独立しているので、自分の興味がある部分だけ読むこともできます。
それぞれの内容は興味深いものが多かったですが、それぞれが独立しているために、歴史の流れがつかみにくい気がしました。もっとも、この本は初めて日本史について学ぶ人を対象とした本ではなく、既に日本史を学んだ人が解釈の見直された部分を学ぶ本なので、流れをつかむのは別の本を参照すべきなのでしょうが・・・。

この本では、各項目ごとに主な人名にふりがなが振ってあり、読みやすさが配慮されていました。日本史が苦手になった原因が、読み方がわからない人名が多いことだったので^^;、これはありがたかったです。とはいえ、ふりがなが振られているのは各セクションで一度だけなので、2度目にその名前が出てきた時には、すっかり読み方を忘れていることが何度もありましたけど。(^^;
減らす技術 The Power of LESSこのところ部屋が雑然としているので、整理しないとな〜と思っていた時にこの本と出会いました。

本の内容は、2つのパートに分かれています。1つめの原則編では、減らすことについての基本的な考え方が紹介されています。その際に大切なのが、自分にとって何が大事なのか見極めることです。それがわかれば、後はそれにそって不要なものを減らしていくことになります。不要なものというのは、物質的なものだけにとどまらず、人間関係や生活習慣なども含まれます。

実践する場合の注意点は、同時に多数の目標を実行しようとしないことだそうです。著者の経験では、目標は3つまでに絞り込むのがいいそうです。そして目標を実践する時には、ただ1つののことに完全に集中することが必要です。そして、目標を習慣化することが必要です。

とはいえ、大きな目標を立てた場合、それは容易には達成できません。そんな時は、その目標をより細かなタスクに分割して、1つ1つのタスクを達成することを目指します。こうして目標を小さく設定することは、目標を達成したという達成感を多く味わうためにも重要です。

続く実践編では、より細かなテクニックが解説されています。そこで指摘されていることは有益だとは思いましたが、それぞれについての項目が多すぎて、ちょっとうんざりしてしまいました。(^^; 減らす技術の本なので、本の内容ももう少し減らして欲しかったです。

というわけで、本書の前半は大いに参考になりましたが、後半にいくに従って内容的な重複や細かなアドバイスが多すぎて残念な内容になってしまいました。とはいえ、何はともあれ行動することが重要だと気づかされましたので、それを踏まえて部屋の整理を進めたいと思います。
孤独の価値 (幻冬舎新書)森博嗣さんの「孤独の価値」を読み終えました。森さんの小説は、大昔に「どきどきフェノメノン」だけ読んだことがありますが、小説以外の本も書かれているのが意外で手に取りました。

普段、ネガティブなイメージで語られることの多い"孤独"の価値を、森さん自身の生き方も語りながら、過剰につながりを求める社会への問題提起をしている本でした。

本の内容は5章にわかれています。第1章では、孤独とはどんな状態なのかを森さんなりに定義していきます。最初にきっちりと言葉の定義から始めるあたり、理系出身の著者らしいなあと思いました。そして、人間には他人から認められたい欲求があることを指摘します。それは一般的な集団の中だけでなく、反社会的な集団内にも存在することが興味深かったです。

第2章では、世間でよく言われるように、孤独なのは悪いことなのかを検証します。そして、孤独=悪というイメージが、さまざまなメディアによって刷り込まれた思いこみでしかないことを指摘します。メディアの洗脳のよくある例として、「努力すれば必ず勝てる」や「夢は必ずかなう」などがあります。私自身、かなり後までこの洗脳に気づかず悩んだことがありましたので、これはとても納得できるものでした。

第3章からは、孤独の必要性が語られます。創造的な活動は、基本的に孤独から生まれることが例を挙げて解説されています。そして第4章では、社会の流れは創造力や発想力を必要とする方向へ動いていること。肉体労働や単純作業は、機械やコンピュータによって置き換えられていること。その結果、ますます人間には創造力が求められていること、などが語られます。

そして第5章では、孤独はネガティブなものではなく、自由を獲得することだとポジティブにとらえることを勧めています。現状では孤独を否定する流れが強いので、時に作者の主張はかなり過激な言い方になりますが、つながりこそ全てと考える人たちには、これくらい言わないと影響力がないのかもしれないと思いました。

この本は、既に孤独を楽しんでいる方にはあまり得るところがないと思います。でも、必要以上につながりを求める社会に疲れている方や悩んでいる方には、新たなものの見方を教えてくれる本だと思います。
古武術に学ぶ身体操法 (岩波現代文庫)甲野善紀さんの「古武術に学ぶ身体操法」を読み終えました。この本は以前に岩波アクティブ新書で発売された時にも読みましたので、2回目の読書になります。

最初に読んだ時は、甲野さんが見いだされた技の術理ばかりに注目して読みました。そのせいか、解説が不十分で物足りないものを感じました。しかし、今回改めて読み返してみると、術理よりも甲野さんの学びの姿勢に大いに共感できるものがありました。武術に興味がない方も、何かを学ぶ機会はあると思いますので、そういった時にこの本を読むと得るものがあるかもしれません。

特に共感したのは、子供の教育についてでした。何かを教える時、こと細かに指導するのではなく、自分のやりたいようにして放置しておく。すると、子供の方が自分でやり方を見つけ出すという指摘です。人は他人からあれこれ言われるのは、やはり面白くないものです。何かを学ぶには、まずは自分のやりたいようにやってみることも必要なのかもしれません。

個人的な経験では、パソコンの使い方を覚えた時がそうでした。ネットが普及してない時期にパソコンを触り始めたので、何かわからないことがあっても簡単に調べることはできませんでした。1つの単純な問題の答えを見つけるのに、何週間もかかったこともあります。そして、誤操作でデータを消してしまったことも何度もあります。(^^;

でもそれが、今の自分の財産になっていると感じます。あの時に苦労して、パソコンとはどんなものなのか。ワープロなどのアプリケーションとはどんなものなのか学んだおかげで、OSやシステムが変わっても、パソコンならこんなことができるはず、ワープロならこんな機能があるはずという想像が働くようになりました。

話が本の内容から逸れてしまいましたが、私たちは無意識のうちに既成概念に捕らわれています。この本を読んだことで、それを一度疑ってみる。そんな視点を意識することができたように思います。
読書教育―フランスの活気ある現場から辻由美さんの「読書教育 フランスの活気ある現場から」を読み終えました。

子供の読書教育にはあまり関心がないのですが^^;、この本の中で「高校生ゴンクール賞」について詳しく紹介されていたので、興味が出て読んでみました。

この本を読むまでは、ゴンクール賞という賞の名前だけは耳にしたことがあっても、それがどんなものかはよく知りませんでした。本家のゴンクール賞は、ゴンクール・アカデミーの10人の会員によって選ばれるものですが、高校生ゴンクール賞は、なんとフランス各地から選ばれた高校の生徒たちが候補作を読んで、受賞作を決める賞でした。

高校生ゴンクール賞への参加は、希望する学校の教員などによって行われますが、候補とする作品を選ぶのは高校生たちの議論の結果にゆだねられています。教員や図書館司書は議論の場に同席しますが、議論には加わらず、あくまで主役は高校生たちです。2ヶ月という限られた期間の中で、10冊以上もの候補作を読まなければならないこともあり、賞への参加は生徒たちにかなりの負担となります。それでも、普段触れる機会の少ない現代作家の新刊を読んだことで、多くのものを生徒たちは得るようです。そして生徒たちが選び出した候補作は、本家のゴンクール賞の受賞作品よりも信頼できると評価も高いようです。

この本の中心となるのは、この高校生ゴンクール賞ですが、その他に2つフランスでの取り組みが紹介されています。
1つは国立老年学財団が主催するクロノス賞、もう1つは国内の中小書店が中心となって行われているアンコリュプティブル賞です。クロノス賞は、あらゆる世代を対象に老いをテーマにした作品を取り上げて受賞作を選んでいます。アンコリュプティブル賞は、子供の読書教育に携わる人たちが候補作を選び、その中から受賞作を選びます。

この本を読んで、フランスの読書教育への力の入れ方に衝撃を受けました。外国からの移民が多いため、フランス語の言語能力に大きな差があることも影響しるようですが、どの賞も政府や役人が決めたものではなく、市民の中から生まれた動きが広がっていったところが素晴らしいと思いました。そして作品を書いた多くの作家も、これらの賞に積極的に関わっています。どの賞でも、読者が作家と会う機会が用意されているのはうらやましいです。現役作家の作品を取り上げることの、最大のメリットだと思いました。

最後に、カッシャン市立図書館の会報に、13歳のソフィアンが書いた「人生」という詩がいいなあと思ったので紹介します。(^^)

成長する、それは老いること、老いる、それは成長すること
始まったものは必ず終わる
だれでもいつかは去っていく
しあわせでも、ふしあわせでも

ときに人生は難しい
友や肉親が帰らぬ人となる
だれかが突然逝ってしまうことだってある
でも、助かる人もいるんだ…

何もかもうまくゆく日もあれば
何ひとつうまくゆかない日もある
限りなく続くものは何もない
すべてに終わりがやってくる
ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉 (岩波現代文庫)上巻から時間がかかりましたが、「ご冗談でしょう、ファインマンさん」の下巻を読み終えました。

ブラジルに行った時にドラムの叩き方を覚える一方、ブラジルの教育法について問題提起したり、ノーベル賞受賞後の騒ぎ、教科書選定の問題点の指摘、絵画の描き方を勉強してかなりの腕前になったり、似非科学についての指摘などなど、下巻も楽しい話題でいっぱいでした。

下巻には、ファインマンが日本に滞在した時の様子も語られています。日本料理や旅館の心配りに感心する一方、自分をおとしめて相手を称える日本式のやり方にどうしてもなじめなかったりする辺りが、ファインマンらしいなあとうれしくなってしまいました。

それから、教科書選定の話などは、現在にも通じる内容のような気がしました。不正確な記述と、自分の出版社の本を採用してもらうためには選定者に賄賂を贈ることが常態化していること。そして、その中に書かれている記述がいったい何の役に立つのかという、根本的な部分が抜けているという指摘にはとても納得しました。

私自身の学生時代もそうでしたが、教科書は受験に必要な内容がまとめてある以上の役には立ちませんでした。興味を持ったことは、図書館で専門書にあたった方が有益でした。もっとも、本の内容が難しすぎて撃墜されることもしばしばでしたが。(^^; でも、今の自分ではわからないことがわかることは、決して無駄ではなかったと思います。

エピソードの最後に、科学者としての心構えが書かれていました。それは自分に都合のいいデータだけを集めない。人のやった実験結果を鵜呑みにしない。そして、自分の理論にとって不利なことでも発表する。ということでした。
これこそ真に科学者らしい態度だと思います。原発事故での責任ある立場にあった科学者の不誠実な対応、小保方さんの不正論文事件など、日本の科学者は大丈夫なのかと心配になります。